清水さん(仮名)は関西地方在住の会社員である。会社では年に1度の健康診断の他、ある一定年齢以上になると人間ドックの受診を勧められ、補助も出る。その人間ドックの検便で潜血反応が陽性と出たのは40歳を過ぎてからだった。一度目は痔だと思って無視したが、1年後の人間ドックでまた潜血反応が出たので、精密検査を受けたところ、S字(S状)結腸と直腸に3つのポリープが見つかった。その場で電気メス(*1)を使って切除したが、悪性かもしれない、と医師に言われ、その後の細胞診の結果S字(S状)結腸にできていたものががんだとわかった。痛みや違和感はなかったが、思い返してみれば便が細くなった感じはしていた。出血もしていたかもしれないが、目が見えないし、他人に見てもらうこともないのでわからなかった。
すべて切除したということだったので、不安な部分とホッとした部分が半々という感じだった。会社を休んだわけではなく抗がん剤の治療もしなかったので、会社にはがんだったことは言っていない。がん保険に入っているが、保険会社に手術はしたことを報告したところ何故か数年たって、満額が保障された。
早期で発見されたのは本当に良かったと思っており、他の人にも受けるように勧めている。がんになってから5年後に、自分の父親が便の出方が悪いと言い出したので、一度検診を受けたらどうかと勧めたところ、自分より大きながんが見つかった。開腹手術か内視鏡の手術かギリギリのところだったが、何とか内視鏡で取り除くことができた。けれども、検診を受ければ絶対大丈夫だとは思っていない。妻の父は検診を受けていて、異常がない、という結果だったにもかかわらず、検診の1年後に容体が悪くなり大腸がんで亡くなった。妻は、大腸がん検診を信じてはいないと思う。
だが、特に目の見えない人にとって検診は大切だと感じている。自分で見ることができない異常が発見できるからだ。しかし、多くの視覚障碍者は会社に就職しておらず検診の補助は出ないし機会も限られている。また、自分は結婚していて妻が病院に同行しているが、パートナーがいなければガイドヘルパーと一緒に診断結果を聞くことは、プライバシーの問題もあるので難しい。
実は、大腸がんになる数年前に視力を失った。先天性の弱視で少しずつ見えなくなる病気だが、障碍者枠で会社に入ったころは、まだ見えていた。自分では60歳ころまで見えるだろうと予想していたが、30歳代は仕事が非常に忙しくストレスもたまったせいか、40歳半ばで全盲になり、ショックだった。大腸がんにもかかって、まさにダブルパンチだった。見えなくても生きていけるが、がんは死ぬかもしれないという恐怖があった。しかし、それを機にやりたいことを先延ばししてはいけない、と思うようになり、体を鍛えようと考えた。最初は、散歩から始めたが、それがランニングになり、マラソンを完走するまでになった。51歳からトライアスロンにも挑戦している。体も引き締まり、体調も良い。これからも前向きに生きていきたい。
*1:高周波電流