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診断時:12歳
インタビュー時:48歳(2017年12月)

九州地方在住の女性。夫と娘一人。10歳の頃発症し2年後にクローン病と診断された。その後しばらくは落ち着いていたが看護学校へ入学してから腹痛と下痢が悪化。また出産後育児に追われて自分の栄養管理ができず再度悪化し、小腸を三分の二と大腸を半分切除し人工肛門を造った。その後クローン病はレミケードで安定したが、術後1年ほどで末期の腎不全になり血液透析を開始。毎晩経管栄養補給(鼻から管で栄養剤を胃に流し込むもの)をしながらも現在は医療事務の仕事をし、さらに患者会の活動も活発にするなど、常に前向きに活動している。

語りの内容

えー、クローン病という診断を受けた翌日から、あー、絶食という風に先生の方から言われました。で、栄養剤の点滴をしますということで、次の日にあのー、鎖骨の下の静脈から、あのー、直接心臓の近くまで管を入れて、濃い栄養剤をいれますということで、それをまず1か月間行うので、その間はお茶と飴だけになりますという風に、あの言われました。はい。

―― それが12歳の頃ですか。

はい、そうです。

―― そうすると、まだ小学生の頃ですね。えー、絶食1か月というのはなかなか大変だったと思うんですけども、どんな感じでしたか。

そうですね、あのー、主治医から最初に絶食ですと言われた時は、あの、あまり実感もなく先の想像もできずに、「そうなのか」ぐらいにしか思っていなかったですけど、あのーいざ始まるとですね、もう、・・頭、食べ物のことしか考えられないような感じで、ずーっとやっぱ食べたい、食べたいで、えー、本当にきつかったです。もう食べ物の名前を思い浮かべては、画用紙に書いたり、食べ物の絵を描いたり、レシピ本を買ってきてもらって、ひたすら読んだり、っていうのをずっとやってました。そして母親に自分の食べたいものを目の前で食べてもらって、それをじーっとこう食い入るように見てました。母はそれでもおいしいと言って食べてくれました。今思うと、あの、申し訳ないなと思うんですが、あのー、それで、まあ食欲っていうのを我慢してました。

―― 逆にあのー、目の前にそういう食べ物があるのはいやだっていう人もいると思うんですけども、むしろそういうものを見ていたかったということなんですか。

私はあの、常に食べ物の近くにいたいタイプだと思うんですけども、あの、その頃はテレビはなかったんですが、あの、とにかく自分に言わずに何か食べるとか、自分に隠れて母親が何かを食べるっていう、食べたりされるとですね、とても腹が立ってですね、あの、母の、付き添ってくれてた、母の食べ物とか隣の人が何を食べているかとか、今日の病院の食事はなんだったのかていうのは必ずチェックをしていました。(笑)

私は: です。

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