投稿者「taguchi」のアーカイブ

クローン病の語り

診断がつくまでに受けた検査では、鼻から長いチューブを入れて行う小腸造影と大腸検査の前に大量の下剤を飲まなければならなかったのが最も辛かった(音声のみ)

―― それで、小学校6年生のときにいろいろ検査を受けてクローン病だということが分かったと。そのときには、どういうような検査とかをされたんですか。

えーと、そのときは、まあ、小学校6年生だったので、まあ、小児科の病棟に入院して、ちょっと覚えている限りなんですけれども、えーと、胃のカメラをやって、小腸造影をやって、だい、大腸カメラと大腸のバリウム検査、主に腸管の検査はそういう検査を行いました。

―― それって結構、小学生にとっては大変な検査だったんじゃないかと思うんですけどね、記憶はありますか?

(笑)あの、一番やっぱりつらかったのが、大腸の検査がとてもつらかったというか、あの、今でもそうだと思うんですけども、あの前処置で、あの、かなり多量の下剤を飲むものだと思うんですけれども、まあ、薬のその薬剤の種類によるんだと思うんですが、私飲んでいたのが何かしょっぱい感じの味のする、あの下剤で、全然何か飲めないっていうか、泣きながら飲んで(笑)、
 
まあ、それ以外にもやっぱり小腸造影とかになると鼻から長いチューブを入れて、あの十二指腸を通った辺りでバリウムを止めて(入れて)、そこまでも気持ち悪くて吐きそうですし、あの、おなかの中をこうパンパンに膨らませて、あの台の上でごろごろ転がされてっていうので、すごく、まあ、つらい、つらかったという記憶はあります。

まあ、検査については、小学校以降ずっとまた毎年やっていくっていう話を最初の入院の後に急に親から言われて、あの、泣いた記憶があります(笑)。はい。

クローン病の語り

診断が遅れた原因の一つとして自分が恥ずかしくて肛門科になかなか行けなかったことがある。できれば女医さんのいる病院がもっと宣伝してくれたらいいと思う

―― 今のこともそうですし、あの、先ほどのお話の中でも、下血をしてたけど。なかなか病院に行けなかったって言ってたんで、その、ちょっと話すのが恥ずかしいかもしれないんですけど、その恥ずかしさの、やっぱり、行きにくいとか言いにくいっていうところのことをちょっと教えていただけますか。

言いにくい、なんでしょうね。まず、そういう肛門科とかに行く敷居が高いのと、あと結局、あの、1年間に1回必ず会社の健康診断があって、そこの検便検査で何度か引っ掛かっていて、保健師さんから「すぐに病院に行きなさい」といって、そこも女医さんがいる病院を教えてくれたんですよね。うん。
それでようやく重い腰を上げて女医さんの病院に行ったら、そのときに、まあ、その症状の具合がもうレベル4ぐらいの悪い症状だとか言われて、専門医の大きな病院に紹介状を書いていただいたのが始まりですね。
で、結局ずっと病院とかにも行けなかったんで、あの、薬局でいろんな薬を買って1人でずっと頑張ってました(笑)。うん。

―― やっぱり決意を、その、行くっていうまでは、相当。

相当行きづらいですね、うん。うん。はい。

―― やっぱり前に、あの、大腸がんのね、あの、検診の話を、あの、がんの患者さんに聞いたときも、もうそれでなかなか行けなかったっていう方もいらっしゃったのでね。どんなふうにしたら、そういう女性でも、あの、検診とか。

そうですね。

―― 病院に行きやすいか何かアイデアとかあります?

ああ…、でもやっぱ、その…、女医さんがいる病院とかがもうちょっとこう、宣伝されてると安心して行けれるかなとか。

クローン病の語り

近所のクリニックではただの精神的な胃痛だと言われ、もう動けなくなるくらいまで大きな病院には行かせてくれず、やっと大きな病院へ行ってクローンの診断が出た

一番最初から言いますと、正確には12歳の時から、あのー日々鼻血が止まらなくて、あのー腹痛が酷くてっていう状態が続いてたんですよ。で、12歳から今度中学に入りまして、中学でもずっと体調が悪いというか、極度の貧血になってきて、で、16の時に学校からちょっと海外に行かなきゃいけないという海外研修があったんですけど、その時に健康診断を受けた時に、ありえないぐらい数値が悪いって言われてしまって、で、貧血がひどすぎるって、なんか別の病気があるって言われたんですけど、あの、近所のクリニックにかかりましたら、何のことはないと、ただの神経的な胃痛だと言われて、結局18まで2年間あの、クリニックの方では大きな病院に行きたいといっても、それは紹介しないという感じになってたので、あの、それでクリニックで最終的にもう動けないくらいちょっと貧血が酷いことを訴えてたら、じゃあ大きい病院行っていいですよって言われたんですけど、クリニックの紹介状には、親子そろって精神病だから検査の必要は別にないですって、はっきり書かれてたんですね。それで向こうの病院に行ってあのちょっと大病院の方にかかりまして、ありとあらゆる科にかかって検査して最終的にクローン病だとわかって、クローン病だとわかった時に、大病院の先生の方からあのクリニックの方に電話が行って、そのすごい病気だったということで電話がいったときに、なんか驚かれてたというか、実際もうそんなものだと思わなかったみたいな、笑いながら言われたことがありまして、まあこちらもそれでやはりびっくりしますし、まあ、認知度がまあ、今から33年くらい前なので認知度が低いというのもありまして、まあ確かにしょうがないな。

クローン病の語り

発症してから診断がつくまで、ストレスのせいにされて、病院も転々として長い時間がかかってしまった

―― それから、ま、診断が分かるっていうことまでには、また入院を繰り返したりはしてたんですか。

あ、それから先は入院はしてないんですよ。で、ただ、定期的に胃潰瘍とかにはなってはいたんで、1年間に何回かいろんな病院に行ってましたね。うん、で、結構その、そういう専門の病院に行き着くまでに結構大きな大学病院とかにも行ったりとかしてたんですけど、どこからもこういう病気だって話がなくてですね、結構、「過敏性大腸炎ですね」とか、うん、あとは「ストレスから来てるんじゃないの?」とかいう話が多くて。ま、ちょっといただいた薬で緩和するんですけど、またすぐ症状が出てきたりしていて、うん、なんだろな?っていう時間が非常に長かったです。うん。

―― そのときにこう、ちょっと、ま、病院を変えたっていうのは、なんか探してとかですか。

そうですね、あと、やっぱ、過敏性大腸炎とかって言われるとまたなんか、そこの病院に行きづらくてですね、結局、ストレスですよねとか言われると、うん、また、あ、言われちゃうんだろうなって思うとその病院に行けなくなってしまったりとか、うん。結構いろんな先生がいらっしゃるので、うん、皆さん親身にこう、聞いてくれるわけではないので、うん。うん。ちょっと、合う病院を探してたのもありますね。

―― じゃ、ちょっとの間、通ったっていうとこでない感じに割ともう転々とした感じ。

あ、そうです、そうです。かなり転々として、診察券だけ大量にできてしまって。うん。

クローン病の語り

中学2年の頃から下痢が始まって高校3年の頃には通学電車のトイレに毎日入らなければならないような状態になった。いくつものクリニックに行ったがいつも受験のストレスでかたづけられてしまった

えーと、私は中学2年生の頃から少し症状を感じていました。当時ですね、まあ、電車で1時間ぐらいかかる学校に通っていたんですけれども、その途中でですね、おなかが痛くなったり、あるいは、まあ、下痢をしてトイレに行きたいっていうような症状が出てきました。
で、まあ、それまでですね、特にこう小さい頃、小学生とかの頃は胃腸に関して何も問題なくきていたので、まあ、自分にとってはとても不思議な変化だったんですけれども、まあ、それほど頻度も多くなかったので、初めは気のせいかなと思って、まあ結果的には我慢していたんですね。
ただ、だんだんと、えーと、学年が上がるにつれて、高校生になって高1、高2、高3と学年が上がるにつれてだんだんその頻度が増してきました。
で、具体的には、まあ、当時の通っていた電車のトイレですね、まあ、すごくこう揺れるし汚いトイレの中に、まあ、ほぼ毎日朝入ら、らないといけないという状況になっていました。
で、あとは学校でも、まあ毎時間こう、休み時間にはトイレに行くっていうような状況になっていて、高校3年生の頃は、まあ、周りはこう受験勉強を一生懸命頑張る時期なんですけれども、私は逆に勉強ができなくなっていって保健室に、あの、行く、で、早退するっていうようなことも増えていきました。
で、高校は卒業したんですけれども、まあ、大学受験では合格できなくて1年間、予備校に入って浪人生活を送りました。
で、その間もですね、症状は、まあ変わらずで、えーと、幾つかクリニックを受診したんですけれども、まあ、いつも先生からは、あの、基本的には受験勉強による、まあ、ストレスが掛かっていて、それがおなかの症状として表れているということを言われて、まあ、お薬を出されるんですけれども、まあ全くその効果がなくてですね、で、また別のクリニックに行って同じことを言われるということを、まあ、繰り返していたという状況でした。

で、大学生になったんですけれども、やはり大学の授業中とか、まあ、そういったときも同じような症状が続いていたので、さすがにこれはよく調べないといけないと思って、また別の大学の近くのクリニックに行ったところ、初めてそこの先生が、最初は「潰瘍性大腸炎かもしれない」っていうことを言われました。
で、大学病院を紹介するっていうことになりまして、まあ自分が通っていた大学の大学病院に、受診をすることになりました。
で、大学1年生の7月に、初めて大腸カメラを受けて、そこで、クローン病という診断に至りました。

クローン病の語り

潰瘍性大腸炎としての治療を7年ほどやったが良くならず、大腸全摘の手術を受けることになったが、その時、小腸もやられていることが分かり、手術中にクローン病に診断名が変わった

そこで、まあ治療は続けていたのですが、まあ、はかばかしくよくはならず、えー、まあ、もうちょっと専門性の高い、病院のほうに紹介するので、そちらで、あの治療をしてみてくださいということで、大学病院さんのほうに紹介してもらって。
そこは、まあクローン病の患者さんや、潰瘍性大腸炎の患者さんが多く集まってくる、あの、ところだったので、まあ、そういう引き続きいろいろ治験を受けたりやってみたんですが、それでもよくならず。
で、かれこれ7年ほどたちまして、で、もうこれは大腸を、あの、あ、全摘して、ひとまず病気を落ち着けて、で、その後は、まあ潰瘍性大腸炎なら、ほとんど病気は表に出なくなるから生活は楽になるよということで、手術を受けんですね。
で、手術をするためにおなかを開けてみたところ、あれ、あの、この子、あの、小腸もやられているねというふうな、ことが分かりまして、で、急きょ、あの診断名がもう術中にクローン病に変わりまして(笑)、で、えー、小腸も一部切除も行った上での大腸、まあ全摘っていうかたちで治療を一回、まあ、してそこから先は、今度はクローン病として治療が始まったんですね。
で、そのときにやっぱり僕がショックだったのは、この手術を乗り切れば、こう劇的に楽になる、あの、と言われていましたので、あの、「いや、実はね、クローン病なんだ」と。
えー、まあクローン病のことも、やはり少なからず知っておりましたので、クローン病となると今度は、もう消化管全体をやられる病気なので、じゃあ終わりがない、じゃあまた繰り返すのかと、このときにものすごい絶望を感じたのを、もう今でも覚えています。はい。
まあ、手術の後に、その説明を受けたときに僕の顔がみるみる青ざめていくのがよく分かったと、はい、あの、後で、あの、その際にいた看護師さんに話してもらったことを、まあ、覚えています。

(注:大腸型のクローン病と潰瘍性大腸炎の治療に大きな違いはないので、潰瘍性大腸炎と誤診されたために病状が悪化したというわけではない。)

クローン病の語り

大学3年の終わりに下痢と発熱が続き、胃腸炎だと診断されたが、症状が続いたので、総合病院を受診した。慢性膵炎と診断され入院して一旦良くなったが、その後クローン病と診断された

最初におかしいと思ったのは大学の4年になる頃ですね。丁度3年生のえー2月頃だったかな、あのー、元々胃腸が弱くて下痢をしやすい体質だったんですが、たまたま下痢が続いて、あと発熱もあったんですね。えー、39度40度を超える熱が3-4日続いて、で、あの寝込んだということもありました。で、最初はですね胃腸炎だと思いまして、近所の個人病院に行ってみました。そしたらですね、まああの、胃腸炎でしょうということで薬をもらって帰ってきました。で、薬処方された分を飲みきってもまだおかしな状態が続いてまして、それで、ま、下痢も当然続いているし、熱っぽさもあると、で、当然これはただ事じゃないなと思いまして、その近所の医者にま、何回か続けて行った後で、えー思い切って近くの総合病院に行ってみました。

で、その時に血液検査をしたら、膵臓に異常があると言われたんですね。慢性膵炎だと言われてそれで、アミラーゼっていうあの、血液検査の指標があるらしいんですが、その数値が異常があったみたいで、それで慢性膵炎と言われて、その時にそこの総合病院で1ヶ月半入院しました。絶食ですね。で、絶食して体調がよくなりまして、それで、えー、その後そこの病院に通院を続けて様子をみておりました。

で、その後1年経った頃ですかね、丁度ですから大学の4年生になって、ゴールデンウィークのころ(注:1年留年したので翌年)にその総合病院の主治医から、あの内視鏡検査、あの、おしりからカメラを入れてね、検査をしましょうと言われたんですね。あとは、もう一つは、それはカメラは大腸を見るためで、後は小腸検査ということで、上から、口からバリュームを入れて小腸に流し込みながら撮影をする、そういった検査を勧められました。で、その時にクローン病特有の病変があるということで初めてクローン病という診断が付きました。

クローン病の語り

32歳の頃に微熱と関節炎が出て、病院に行ったがどこも悪くないと言われた。その後下血が始まり、頭皮にぶつぶつができたり、また針反応がでたりしたので、ベーチェット病が疑われた

えーとですね、一番最初は32歳、あ、もう少し前でしたかね、えーと、微熱が続いて、そして、えー、関節炎が出てきて、えー、朝起きてこう、トイレに行こうと思ったら体が動かないっていうか、あの、起き上がれなく、寝返りを打つのも体が痛くて大変なふうになって、午後からになるとそれが少し和らいで歩けるようになって。
で、何だろう、何だろうと思って…、いろんな病院に行くんですが、その頃は、あの血液検査に出なくて、うーん、どこも悪くありませんと言われて、だけど微熱はあるし、関節炎はあるし、が、どこに行っても分からなくて。
それで、もしかしたらバセドー氏病じゃないのっていうことで、あの、有名な病院に行ったりもしたんですが、バセドー氏病ではなくて。で、そんなことで、だんだん下血も始まったときがあったのかな。
そのときに、都内の電車を降りたところで、もう、おなかが痛くて仕方がなくなって、えー、近くの病院、交番で聞いて近くの病院に行って、そこで初めてステロイドを処方されて、で、劇的によくなって(笑)。まあ、でも、取りあえず対症療法だったので。
その頃、だんだんこう頭の中、髪の毛、あ、頭皮にですね、ぶつぶつができてきたりとか、うー、そういうのがあって。
で、診てもらい、いろんな検査をしてもらって最後に、まあ、いろいろやってみようということで、えーと、何でしたっけね、うーん、あれ、急に出てこないわ。注射して…、反応が出る液、結核とか何かのときに。
ツベルクリン反応っていうのをやったら、その針を刺したところが膿んだんですね。で、それで針反応っていうことで、で、針反応が出る病気は何だということで、そのうち陰部潰瘍っていうのも出てきて、それとこう頭にぶつぶつが出たっていうのを取り合わせてベーチェット病じゃないかということで、最初の病院ではそういう診断で。

―― それで、えーと、クローンという診断が出たのはいつ頃でしたっけ、その後ですか?

そうですね。
その後、病院を変わって、あの、その膠原(こうげん)病内科がある病院に移って、そこで、えー、消化器内科の先生におなかを診ていただいたときに、「これクローンだよ」っておっしゃって。で、まあ、どっちだろうねっていう感じなんですけれども、消化器内科の先生の見立てはクローン病ということでした。

(注:現在はベーチェット病とクローン病両方の診断を受け、それぞれの受給者証を交付されている)

クローン病の語り

小学校のころは、症状としては発熱だけで、下痢や腹痛はなかったのでお腹の検査はせずに血液検査、骨髄穿刺をやった。最終的に診断がついたのは20歳のときだった

―― その小学校の時に熱が出たっていうことなんですけども、その熱以外に、その、ようするにクローン病特有の下痢だとか腹痛だとか、そういう症状はなかったんですか。

うーんと、吐いたりはしたんですけども、ただ、その腹痛はひどくてとかいうのはなくて、熱が出てそれで食欲がないっていうような状態が主な症状で、吐くのはそんなでもなかったですね、はい。

―― じゃあ、腹痛っていうのは特にはなかった。

そうですね。腹痛がなかったのでお腹の方の検査ってしてないんですね。小学校の頃に関しては、お腹の方の検査はしてなくて、どちらかというと、熱関連と後は白血球が自分、小さい時から1万を超えるくらい高かったんで血液の検査、えーと、白血病の人がやるような、「骨髄穿刺」って言って、胸のところから太い針刺して、骨髄液を取ってそれを調べたりとか、後は肝臓の細胞を取って調べたりとか、そういうような検査をしました。はい

―― 後になって結果的にクローン病だっていうことが分かった時にですね、お医者さんは、その、どういうふうにおっしゃってたんですか。

えーとですね、あのー手術して…その固くなった腸と硬くてなんだ、縮まった腸を見て内科の先生の方で、うーん、小学校3年生の時からクローン病の可能性はありましたね、っていう話しをして、でー、ただその腸の具合から言うとともしかすると生まれて間もなくからクローン病があったことも考えられます、というようなお話しでした。なので、うーん、手帳の申請の時は発症の年月日に関しては小学校3年生っていうことで記入されています。はい。

―― でもその割には腹痛とか下痢とかっていう症状があんまりなかったっていうのが不思議ですね。

そうですね。はい、はい。ただ、吐いてたのは時々ありますね。

―― 口から戻したということですか。はあ、はあ。でもま、発熱の方が症状として大きかったからそちらの方にフォーカスされてしまったということなんですかね。

発熱って言っても40度超える熱が毎日のように続いたので。はい。

―― そうなるとまあ、当然ね、それの影響でお腹もっていうことなのかもしれませんけどね。そうするとすごくまあ、特殊なケースだったということでしょうかね。

クローン病の語り

中学3年の夏に腹痛や下痢、体重減少が始まった。数か月後には毎日40度の熱が出るようになり、近医から都内の大きな病院を紹介され、クローン病の診断がついた(音声のみ)

中学3年生になって色々とあの私は生徒会活動であるとか、あの、部活の方も吹奏楽というのをやっていてかかなり熱心にやっていたので、忙しかったんですけれども、えーと、アメリカに10日間ほどホームステイに中3の夏に行きまして、その時から何かすごく紫外線が強いところだったんですね。ロサンゼルスに行きましたので、で、そこでなんとなくかなり体調を崩しまして、勿論お腹も痛かったですし、体重がえーと、3ヶ月で10キロ強減ったということがありました。で、明らかになんとなく具合が悪いなというふうに思いながら、二学期も忙しく文化祭などをやっていたんですけれども、その頃になると微熱が毎日毎日夕方になると出てくるようになっていまして、勿論お腹の方もちょっと下痢がひどくなっているという状況で、休み時間にはもうトイレに駆け込んで、もう、かなりしゃがみこんで立ち上がれないような状況にはなっていました。

で、そうですね、一応病院、私はちょっと関東の田舎でしたので、病院にも行ってはみたのですが、小さい病院でしたので受験のストレスでしょうと、ま、そういうような診断で、なんとなくスッキリしない状況が数ヶ月続いていました。

で、中学3年生の11月12月くらいになって、さあいよいよ受験勉強だという、まあ普通の人からしたら遅いかもしれないんですけれども、あのー、そこに集中しなければならないというころに、もう夕方に出ていた熱が毎日毎日40度近くまで上がるという状況になってきまして、で、物もほとんど、えーと、食道がものすごく痛いというか喉がものすごく痛くて、物が通らないという状況で、体重はますます落ちるし、熱も出るしということで、これはおかしいということで、近くの別の病院から東京都内の大きい某病院を紹介してもらいまして、そちらを受診しましたところ、何かがおかしい、膠原病ではないかということでですね。で、それでそちらで、まあ入院をしまして、で、色々検査した結果、ま、クローン病だと、いう確定診断が降りたのが中学3年生のまあ、三学期になりますが、1月の中頃だったかなと思います。