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診断時:19歳
インタビュー時:54歳(2018年3月)
九州地方在住の男性。一人暮らし。高校2年の時に痔ろうの手術をし、一旦良くなって復帰したが、19歳の時に大量下血と体重減少で病院に行ったらクローン病と診断された。その後大腸も小腸も半分以上切除したが、病気だからと言ってベッドに逃げ込むのではなく、むしろ普通の人の何倍も努力をしなければいけないという思いで今まで仕事をしてきた。今は老人ホームの園長として働きながら、ライフワークである患者会の活動を精力的に行っている。
語りの内容
―― あと、食事に関しては、何か注意されてることとかありますか。
いやもう、繊維をとらないということ。繊維質のもの、あとは天ぷらはなるべく我慢する。たまには食べます。で、アルコールも350ミリリットル缶をですね1日1本は飲むと。もうこれは働いてる人間のですねストレス解消だし、ご褒美だと思ってですね、えー、変な話どんな悪くても1本は飲むという。(笑い)たばこもしないし、あの、趣味もあのそんなあるわけではないので、これがわずかな自分のなんていうの、ご褒美ということですね。で、ごはんを必ずどんぶり1杯は食べますね。みそ汁とあと三菜ですね。三菜っていうのは一汁三菜という意味の三菜ですね。で、白魚がメインですね。鶏肉の胸肉か魚を必ず食べて、っていうような感じで。
―― なるほど、うん、…それで今は経腸栄養剤はなしでも体重維持できるだけの食事で栄養取っているということですね。
そうです。わずか1メートル弱の腸で、その1日分の栄養取るっていうのはこれは、多分腸っていうものの僕はチャレンジだと思うんですよね。腸もって、僅かな腸の中でどれだけその、吸収できるか、カロチンだとか細かい亜鉛だとかいろんなものをね、その、あのー、大変なんですね。っていうのは腸の長い道の中でそれぞれの部署でそれぞれの栄養を取っていくという役割を担っているという風に聞きました。えー、舌であれば甘味を感じるところ、渋みを感じるところとそれぞれあるようにですね、腸にもそういう役割がある。で、大腸で水分を補給するんだ。
僕はこのなんか十分の一スケールのような中でねそれが全部できるだろうかっていう、ある意味そのえーと、もう年齢がね50過ぎましたけど、どこまでこの生活ができるのか、一つ自分をモルモットになって、事例を作ってみたいという思いもあってですね、まあ、ちょっと頑固なところもありましたけど、やり続けてきたーっていうような感じなんですね。
インタビュー20
- 「病気だから助けて」ではなくて「病気でも努力してるから助けてくれる」わけであり、甘えることからは卒業しないといけない。また、仕事をする上で自分の限界を把握することも大事
- 病気についての情報がほとんどない中、病気が理由で就労していない人でも、自分の経験をもとに、困っている仲間にアドバイスすることで社会に貢献できると考え、2000年に患者会を立ち上げた
- インターネットに情報が溢れ新薬も開発される中で、患者会の必要性が薄れているようにも見えるが、行政や学校や職業団体にお願いをするためには必要な組織だと思う
- 患者会を立ち上げた時に新聞に取り上げられたが、子どもが学校でいじめられて、家内からも「あなたが患者会なんかするから、家族は惨めな思いをする」といわれた
- 高齢化社会の中でこれからますます医療費が増えることは確実で、その中で難病の医療費助成制度も対象疾患を増やしていくためには軽症者がはずれるのはやむを得ないこと
- 努力をすることで会社に対して貯金ができて、体調を崩した時にその貯金が使える。しかし、長期に休むと平に戻ってしまうのはし方ないと思っていたが、最近はいい薬ができて状況は変わった
- 就職する際に、自信をもって仕事ができるのであれば病気のことは言わなくてもいいが、不安がある人は話しておいた方がいい。ただし、10年間も寛解を維持している人が病気の話をする必要はない
- 腸の長さが普通の人の十分の一しかないところで、必要な栄養分を吸収するっていうことは腸にとってもチャレンジだと思う
- 始めのころは、将来像が描けずにポンコツになってしまったようで、死んでしまおうかと思った。しかし「大変な病気だが一緒に治療していこう」という医師の言葉で治療に前向きになれた