うーん、いろんな情報を、家族会に入ることで、いろんな情報を得られるということと、やはり家族会は全国、ね、ほぼ全国組織ですので、いろんな、本部総会とかに行けば、いろんな県の方とかかわって。その県の、活動のね、内容とか情報とかいただけるので、ほんとにこう、一番は情報を得られるということと。
わたしどもが講演をさせていただける、最初のきっかけは、家族会の方の、協力でね、させていただいたので。その講演会するっていう意味は、あの、自分たちの思いを、こう、いろんな方に聞いてもらえるっていうのは、とっても、こう、すっきりする部分があるんですね。何かこう、つらかったことでも何でも、人に聞いてもらえるっていうのは、わたしもそうでしたし、彼もほんとに、こう、すっきり、終わった後はすっきりするので、まあ、そういったことのきっかけを作ってくれたのも家族の会の方でしたし。
だから、いろんなところで、ほんとにサポートをしてくださって、えー、1人じゃないんだっていう部分をね、たくさんいただけたっていう。仲間がいる、何かあれば、ここの会にくれば何かをつかんで、つかめて帰ってこれるっていうのがですね、あったので。やっぱり、わたしたちにしてみれば、こう、何かお母さんやお父さんのような感じで、接してくれましたね、はい。
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―― あと、先ほど家族会に、その病院が主催されているというか、後援されてる家族会に通われてるっていう話があったんですが、その家族会のメリットっていうのは、どんなふうに感じてらっしゃいますか。
ええと、まずは病院の家族会に関していうと、あの一応、先生も参加するんです。大学の先生も。先生と、あと臨床心理士と、あと家族。それからあの一応、病院でいろんな時間的な制約あるんで聞けないような、いろんな医療的な情報とか、今の日本で行われているような治験情報とか、あとはやっぱ認知症関係のそういう新しい情報を、そこでまず先生が教えてくれるっていうことと、あと、質問はできるんですね、自由にね。
やっぱりあの、病室だとやっぱり、限られてる時間で、やっぱりいろいろ制約があるんで、家族会でいろいろ情報を教えてもらえます。それと、あとやっぱりあのー家族同士の、まあ情報交換とか、今度やっぱりあの、介護に関してのね、病院ていうのは介護の方に関しては、やっぱりちょっとノータッチなんで、介護に関しての、「こんな介護したら、うまくいった」とか、「こういうふうなケアをしたら、うまくいった」という情報の交換とかも、結構、活発に情報交換できてます。
いや、何か、あの、……情報じゃなくていいんですよ、何か、話を、わたしたちの状況を聞いてもらって、冷静に判断してもらって、うちのお父さんが、今どういう状態なのかっていうのが分かったのもあったんです。「まだまだですよ」と。「まだ、この状態だったら大丈夫ですよ」っていうような話と、そう、その、同じ病気の人たちがたくさんいらっしゃって、活動の場に出ることによって、そういう方たちが、何かすごく、あの、何だろうな、……うーん、参考になるっていう言い方おかしいんだけど、みてる、みてる…例えば、お話をすると、何かすごくあったかくて皆さん。そういうので、癒された感じがしました、すごく。うーん、何か、最近は、特になんですけど、ご夫婦でいつも参加されるんですね、で、顔見知りの人たちもたくさんできてきて、そういうご夫婦を見ていると、例え、片一方の奥さまだったりが病気だったとしても、何か、…すごく普通の健常な夫婦よりいい夫婦にみえちゃって、そういうふうにわたしたちもいけばいいんだなっていう…うーん。
何かですね、人間として、どう、どうあったらいいか的なところが、やっぱり、お医者さんてそこまで言えないですよね。あと、時間もないし、多分、……うーん、何かそういう役割ではないんだろうなっていうふうに、もしかしたら、これから同じ病気になる方で、悩まれる方があったら、お医者さんっていうのそういう役割だと割り切ってもらって、例えば、お薬のことだとか、病状のその何ていうの、ことだっていうの、お医者さまのこと、まず、あの、受け止めるしかないんですけど。これから、どう、人生を家族として生きていくかっていうところに関しては、やっぱりそういう先輩というかね、いわゆる介護の先輩とか、えーと、あの、病気とつきあってこられた方の先輩のところに耳を傾けて、やっぱり、こう使い分けるじゃないですけど、役割分担があるので、お医者さまの言葉で、一喜一憂しないほうがいいと思いましたね、うーん。
一つは、家族会って大きいなと思ったんですよ、家族会のことも、何で知ったかというと、あのー、ネットとかでも調べたんですけど、たまたまなんですが、今、お世話になっている家族会の会長さんが、何かドキュメンタリーみたいなテレビ番組に出てらして、で、この人何か気になると思って、わたし、名前をメモしていたんですね。それで、ネットで調べたらその人の名前だったので、そこにお電話をして、えーと、実はこういうことなんだけれども、一度、あの、まあ、たくさんのご本人をみてらっしゃるんで、うちのお父さんがどのくらいのレベルで今どういう状況で…どうしたらいいかを、話聞いてもらいたいということで、アポイント入れさせていただいて、事務所にお邪魔したんですよ。
それで、1~2、2時間ぐらい話してましたかね。そしたらも、ものすごい気分が落ち着いてきて、やっぱ、あの、会っていただいて、あの、お話をさせていただいたのが、すごい大きかったです。で、そのあとも、もうほんとに、いろいろその集まりとか、えーと、いろいろアドバイスを、もうほんとにわたしもパニクってくると、今、最近ないんですけど、それから何カ月かは、その会長さんに携帯でお電話できたんで、お電話して聞いてもらったりとかしたことが、すごい心の支えになりましたね、うん。
あの、お医者さまが、そのデータとかテストの結果とか、まあ、あの、その一瞬見た感じで、…多分、診断をくだされますし。それが、まあ、お仕事だし。それしょうがないと思いますけど、家族会の方が、お話くださったのっていうのは、やっぱり、いろんなケースをみているし、若年性アルツハイマーって、あの、一慨には言えないらしいんですよね。いろんな、こう、それぞれが全然違う症状だったり、あの、特徴が違ったりするらしいんですけど。…本人も、わたし…と一緒にいて3人でお話したんですけど、そんときに、本人と話、会話が成立していたんで、で、笑いもあったし、「こんな笑った面談初めてですよ」とか言ってたぐらいに、こう、和気あいあいと話をして、ま、まだ、あの、何ていうんだろう、ほんとに、「普通の人と健常者と、病気の間ぐらいの感じじゃないですか」と。だ、あの、その「データとかそういうことではないけれども、日常の生活の、ま、普通に、あの、多少困ることがあってもできるわけだし、会話がこういうふうに成立できるっていうことは、そんな今から考えなくても、あの多分、間ぐらいだと思うので、あのー、そうですね、日々の生活とか、そういうことを、いかに楽しく、こう、やっていくかということを考えたほうがいいですよ」って言ってくれた、その何ていうんだろうな、こう、……数字、数値とかそういうことのデータではないけれども、いろんな人をみているがゆえに、言えることっていうのを、あの、アドバイスくれたりとか、客観的に言っていただけたのが、やっぱり、すごく落ち付いた原因だと思いますし、うん。
―― その家族の方がもうほんとに介護で、どうにかなってしまうような状況って、今でもあると思うんですよね。どういうふうなサポートがあれば防げるでしょうね。
結局、父って、一番、ひどかったときと今とそんなに変わっていないと思うんですけれど、でも、それを家族だけで見ていたら、わたしもお嫁にはいけなかっただろうしっていうのがあるんですけど。サポートを受け入れられるように、わたしたちがなったというか。デイも世の中にはある、ショートもあるし、ま、最後、一番大変だったら施設っていうのもあるんですけど。それを、意外に家族の人が、受け入れ、使おうとしていない気がします。でも、使うまでのハードルも、すごくわかるんですよね、何か。まず、病気を認めるところから始めなきゃいけなくて。病気を認めないと、何でそんなところに、そんなぼけた人たちの中に、特に若年性ってぼけるというか、その認知症っていうのを家族が受け入れることがすごく難しいので。もし、どこか施設にあずけるといったら、デイとかになってくるじゃないですか。で、そこって、認知症のおじいちゃんとかおばあちゃんとかがわあっといて、何で、そこにまず行かせなきゃいけないのみたいなのが理解ができないし。そうすると、そんなサービスなんて、使うきっかけがあっても、家族がまだ、理解ができないとか、受け入れられなくて、使ってない人が多いような気がするんですね。1回使ってしまったら、うちみたいに、開きなおって、ばんばん使ったりするんですけれど。あと、…何となく日本の風潮として、家族がみなきゃいけないみたいな。まあデイぐらいは、今、メジャーになってきたのでいいんですけど、やっぱし施設に入れるっていうと、捨てたみたいな、あと、親戚で何も知らない人は、何か、家族がいるのに、元気な家族がいるのに何で入れたのとか、心ないことを言う人がいたりとかすると、入れられなかったりとか。…何かそこなんじゃないかなって思うんですよね、すごく。
―― まだ、まだ、そういう状況ですかね。
まだ、まだ、そういう状況だと、特に若年は。あのー、さすがに、70代以上ぐらいの、老人性の認知症とかだと、デイとかも街中に、すごい街の分かりやすいとこにあったりして、メジャー化してきて、みんなもバスに乗って行くのを地域の人が見たりしているので、何かその辺は緩和されたような気もしないでもないんですけど。若年に関してはまだまだ少ないと思います、そういう理解…とか。あと家族の抵抗とか。……。
―― 見た目が若いですものね。
はい、…ま、うちは、何か、母としては、運よく父に麻痺、運よくって言うか、麻痺があったので、その麻痺のリハビリに行っているのよとか、何かよくわらないこと言ったりしていたんですけれど。アルツハイマーでは、そういうのもないじゃないですか。見た目ほんとわからないじゃないですか、なのに、なんで、デイに行っているんだろうって、やっぱりみんながまことしやかにささやいたりするのが、家族にとってはすごく嫌で、だったら家に入れておくってなっちゃうような気もするし。そういう話も聞いたことがあるので。
―― ご自身の気分転換とか、その、ご自身の健康を守るための、何か対策とかはなさっていますか。あるいは、なさっていらっしゃいましたか。
えーっとですね…ま、それは、姉が来てくれて、あのー、見ててくれると、ええ、そのときはですね。こう、何て言うかね、だいぶこう、一気に、こう、羽伸ばせて、だいぶ、ええ。買い物したりだとか、施設をこう、見に行ったりだとか…。自分のことだとか、こう、いろいろできたんで、その辺が助かったなと思って。
―― それは、どういう場で知り合われた方ですか。家族会とか何かですか、どうですか。
家族会。そうですね。家族会みたいなのもそうですし、あとはあのー、インターネット上でもやっぱり、そういう家族会みたいなのがあって、そことかだったり、それこそ、あのー、最近はSNS、mixiだったりとかFacebook(mixi,FacebookはSNSの種類)とかあるので、その中でのコミュニティーだったりとか。で、あと、私もあのー、ブログを立ち上げているときがあったので、そのブログで父のその介護のこととかを書いてると、やっぱり同じような経験されてる方たちが、あの、読者申請っていってしてくださるので、そこで結構、最初のうち、その、顔の見えない交流というのが結構ありましたので。
で、あったんですけれども、だんだん、あのー、直接会って、みんなで話そうっていうことになって、顔を合わせていろいろ話をし始めたら、そこから今度は、あ、じゃあ次はどこそこで、こういうシンポジウムがあるよ、行ける人は行こうよっていうふうになってって、今度、あのー、お医者さまとか看護師さんたちとの、その、コミュニケーションとかを取っていくこととかもできてきたので。
うん。何か不思議なご縁から始まったのもありますね。あとは、で、それこそ、その、父のリハビリに一緒に行ってるときに、父がリハビリ中に、私が廊下で待っているので、待ってる最中に、あの、いつも来てるおばあちゃんとか、おばあちゃんの面倒見てるお嬢さんとかがいるので、「あ、こんにちは」って話をしてると、「あの、お宅は今どういう状況なの」っていう話から始まってって。で、「ああ、じゃあ今度、うち、この病院近くだから、あの、みんなでお茶でもしましょ」って言って、そこの家族の家にお邪魔してとかあったりするので。
何かやっぱり、その、同じ問題に直面してる仲間同士が、その、直接対面してる方もあれば、インターネットから始まったご縁もありますけど、やっぱりその、経験してるから、ああ、分かる、分かるっていう、その共感のうなずきとかを得て、で、たぶんみんなが、おのおの、心のバランスを取ってるのかなと思いますけどね。
―― 先ほど、そのー、(お父様が)アルツハイマーになられて、その、いろんな人の力を借りてっていうふうなことをおっしゃったんですけれど。
はい。
―― どのような
具体的には、本当にあの、それこそ体験談を聞かせてもらうとか、うん。体験談もそうですし、あとはあのー、例えばリハビリとかで行ってて、相性のいい先生はどこなの、だったりとか。そういう情報をいろいろ聞かせてもらうことだったりとか。あと、その、先生や看護師さんと、ケアマネージャーさん、ヘルパーさん、その辺の方とか、どうしても、あの、お仕事で付き合ってくださってるっていう方と、あと、仕事は仕事なんだけれども、でも、すごくうちの家族にこう、本当に感情を入れて接してくださる方とっていうふうになると、あの、持ってきてくださる情報の質というか、量とかが、全然違うところとかがあったので、そことかはいろいろ見極めるというか、選ばせてもらいながら、まあ、かかわり、かかわってた感じですね。
うん、で、本当に…やっぱり、そうですね、この本が、この本にいいこと書いてあったよ、だったりとか、あとは、いついつの講演会とか、家族会でこういうのがあって、で、そこに行って、みんなで話、いろいろディスカッションできるからやってみないっていうとか。…そこで、いろいろ、ま、今日も、私もそうですけれども、こう、何かみんなの前で、例えば話すとか、聞かれたことを伝えるだったりとか、そういうことをする中で、やっぱりこちら側の気持ちの整理がどんどんついていくところがあるので。
だから、その、私がすごくネガティブな、その、負のスパイラルに入ってしまっていたときとかは、えーと、それを気づいてくださってる方とかは、わざと私を表に出すようにしてる。で、表で、そう、そう、この人のね、あのー、お父さんがこの前、脳梗塞で倒れたんだって、脳梗塞のときってどういうリハビリとか家でしてあげてたって、教えてあげてっていう感じで、わざと、私にそうやってしゃべる場をつくってくれてたんですよ。で、そうすると、あの、私の中にもやっぱり、気持ちがだんだん落ち着いてくるっていうところとかはあったので、プラス、やっぱり自分の経験で、あくまでもそれはわが家の経験であっても、どなたかに伝えるっていうことは、まあ不確かなものじゃ、よくないなと思うので、こちらもまたそれに対して、いろいろ調べて、で、その内容に伝えようと思うので、ま、ある意味の知識はちょっとストックができてくるだったりとか、いろいろあったので。
うん、そうですね。ただ、こう、ちょっと聞いてよって言って、こう愚痴を聞いてもらうだけとかよりも、私に、私に教えてくれた人たちが、私が今度教える側になりなさいね、っていう感じのスタンスに持ってってくれたのは、ある意味すごい助かったなと思いますね。
何だろうな。私が、あの、友達とか知人にしてもらって、ああ、うれしいなって、素直に思えたのが、ていうか、すごく介護してる家族側がネガティブなスパイラルに入ってしまってるときだと、どんなにいい言葉を言ってもらっても、な、何、みたいな感じにやっぱり、素直に受け取れない時期っていうのはあるなってすごく思っていて。で、その中で、あの、そういうふうにまったく思わずに、すーって心に入ってきたのは、あのー、お宅の家の状況は、今、あなたの大変さは正直、私はわからないし、代わってあげられないし、で、かといって、手伝ってあげるっていうのとかも難しいかもしれないけど、でも、あのー、あんたは、彼女が言うには、「あんたはお父さんのことを忘れないようにしているじゃない」っていう話で、「そうだね」っていうことを言ったら、あの、「私があんたを忘れないから、だから、あの、介護してるっていうのが大変な時期とかは、例えば、お互い連絡は全然取らないかもしれないし、私があなたに、私に連絡をしてしまうと、ああ、遊び行きたいのにっていうふうに思って、そこで、自分が遊びたい気持ちと介護の板挟みになっちゃって、苦しめちゃうとよくないから、連絡しない。で、だから、私のほうが落ち着いたときに電話ちょうだい」、っていうふうに言ってくれた子がいて。で、「それまでの間は、連絡もメールもしないけど、私はあなたのこと忘れてないからね」っていうふうに言ってくれたのが、ああっ、すごいうれしいって、やっぱり思いましたね。
で、ああ、そうかと思って。完全に孤立してたって思ってて、で、その、一緒に会うことだったりとか、そういうのが、あの、友達のつながりだって私は思ってたんですけど、あ、そうじゃないんだなって、すごく思っていて。で、だから、あのー、彼女は今でもたまーにしか、本当にやっぱり連絡はしないんですけど、たまにこう、「もしもし」って電話をすると、「あ、何、今、落ち着いてんの」「どっか、ごはん食べ行く」ってすぐポンって言ってくれるので。あの、孤立してるって自分たちがわかってる中で、それをわかった上で、でも、あの、押しつけがましくなく、手伝えないけど、ちゃんと覚えてるからね、で、存在は忘れてないからねっていうのを、口に出して言ってもらうことって、たぶん、そうそうないと思うんですよ。それを言ってくれたのが、すごくうれしかったですね。
だから、今、私も同じような立場にいる方とかに、やっぱりそういうふうに言われてうれしかったので、それは伝えてますね。で、地方に住んでる方とかだったら、それこそ本当にやっぱり、滅多に会うことはできないですけど、ま、でも、空つながってるし。で、あの、「忘れてないからね」っていうの、やっぱり私も同じことを言ってもらってうれしかったから、また言ってあげると、やっぱり、その、向こうの人たちも、あ、何かどうせ忘れられちゃってると思ってたんだけど、違うんだっていうふうに、何かちょっと安心してくれる、っていうのがあるみたいなので。
あ、少なくとも、私のやっぱり近しいところで介護心中があったっていうのと、プラス私がもう、その、言ってみたら、あの、当事者になり得てたっていうことがあるので、もう極力、あのー、そういう孤立した人たちっていうのは、やっぱりなくしていきたいなと思いますしね。
わたしも意を決して、あのー、近所のある方に、「実は…」っていう感じで言いましたら、「わかっとるよ~」って言ってくれたんですね(笑)、土地の言葉で。「わかっとるよ~」って。それで、「うちのおじいさんもそうだよ~」って言ってくれて。
それで、自分の家の中でどうしているか、病院に連れて行くときは、どういうほう、どういうね、段取りをとったらいいとか、うちでは、こうこうこういうふうにして、あのー、やっぱり、こう、奥さんが一番主に、あのー、介護をしなきゃいけないので、あの、その奥さんを休ませるために、子どもや孫たちがどういうふうに協力をしているかっていうようなことを、一通りいろいろ話してくれて、現状を。それで、「もっと外に出なきゃいかん」って(笑)。「1日1回、ちょっとのことでもいいから、外に出てね、あのー、家にいたら、もう同じだから、安心はするけれども、家にいたらもう同じだから、外に出て、刺激を受けて、人と話をして、もっとそういうことをやらなきゃいかんよ、大変なことだけどね」って言ってくれたんですね。
それが、もう、とってもうれしくって、……何か、ほんとに、…ああ、やっぱり、人のありがたみというのは、こういうところからくるんだなと思って。ほんとに、意外でした。あの、何ていうのかな、人の気持ちの機微がわかるというか、「わかっとるよ~」って、こうからっと言ってくれたんですね。「ああ、そうでしょう、そうでしょう」じゃなくて、こう、からっと、こう、言ってくれたっていうことに、その彼女の、こう、人柄がよく出ていて、わたしは、それが、まあ、うれしかったですね、とても。