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インタビュー時:36歳(2019年12月)
関係:母
医療的ケアのある子:長男2歳
首都圏在住。夫と長男、長女の4人家族。
2017年出産時の医療事故で長男が脳性麻痺となった。
気道狭窄のため気管切開して人工呼吸器を使用し気管内吸引、口腔・鼻腔内吸引が必要な状態である。
嚥下できないので、栄養は胃ろうから注入している。
訪問看護やデイサービス、訪問リハビリテーション、ショートステイなどを利用。
現在は育休中だが、在宅の仕事や月1~2回の出社をするなど仕事を続けている。
語りの内容
息子が生まれて、今はすごい良かったなって。
出産事故っていうことはものすごく悲しいことではあるんですけど、今は息子がいることに感謝をしているし、こうなって良かったとは決して言えないですけど。
でも、息子が障害を持っても良かったなって思えるのは、まず自分は、障害のある方に対して差別のない人間だと今まで思い込んでたんですけど、息子が生まれて自分は差別をしてたんだっていうのが分かったことがすごく大きなこと。
今、障害者の方たちの差別をなくしたいと思っていろいろ動いたりとか、それを基に自分がどうするべきかっていうのを考えて行動をしてるつもりなんです。
そういうこと、自分が足を踏み入れなかったら多分考えもしなかったし、行動も起こさなかったと思うので、こういう機会を与えてくれた息子にはすごく感謝をしている。
せっかく足を踏み入れた世界だから、この世の中を変えていきたいって今は思う。
息子が生きる意味っていうのをすごく考えるようになって、こうなったからにはこの世の中を変えていけるじゃないかと。
息子と一緒にやっていきたいなというふうに思ってるので、そういうのを教えてくれた息子に対してはすごく感謝をしているし、息子を産んだ病院に対しては複雑な気持ちがあるんですけど、結果的に息子の命を助けてくれた先生にも、その部分では感謝はしています。
なので、結果的にこうなって良かったのかなって思うことは、すごく大きいなって思います。命の大切さも教わったし、命の素晴らしさとか、障害があるない関係ないんだなと。
障害だけじゃなくて、例えば、性同一性障害とか、偏見とか差別っていう問題がよくニュースで取り上げられると思うんですけど、そういう各方面への興味っていうのも湧いたので、世の中にいろんな差別はあって、どうにかならないかなというふうにはよく考えるようになりました。
インタビュー02
- 出産事故で怖い思いをしたにもかかわらず、翌日にきょうだいはたくさん欲しいと夫婦で話し合った
- 息子が生まれ会社を辞めようと考えたが、仕事が支えになると社長が言ってくれ、在宅や月1,2回での簡単な勤務を継続している
- 病院のソーシャルワーカーに退院後の支援について自分で役所に問い合わせるよう言われ、いろんな部署を回って大変な思いをした
- 新居を建てるにあたり、息子と暮らすことを前提にバリアフリーや天井に窓がある家、加湿や空気のきれいな環境を保つ家づくりをした
- 本退院前には自宅に病院の主治医と看護師が来て、ベッドやアラームの位置や動線を確認してくれ、自信をもって在宅療養を開始できた
- 退院前に1か月の母子入院で日常的ケア、緊急対応や外出も想定した訓練を受けた。自信をもって退院でき、やってよかったと思う
- 息子が退院し最初の3か月はケアに不慣れで心身ともに参っていた。夫との間でケアの能力差が開いていることにもイライラしていた
- 息子が障害をもって生まれたことで自分の中の差別意識に気づき、障害者差別をなくす活動につながっている。息子には感謝の思いだ
- 息子に障害があることでどう声をかけたらいいか友人たちも悩んだようだ。話してみると子育ての悩みは同じだといわれ嬉しかった
- 仲間内で愚痴程度に話していた内容を陳情書の形で3つの区議会に出した。改善まではされていないが、まず第一歩だ (音声のみ)
- 障害のある子とない子が一緒に育つ教育環境、医療的ケア児に関する情報が行政の中で連携されるよう求める(音声のみ)
- 電源確保の助成、障害児家族も対象とした避難訓練、災害時の福祉避難所の確実な開設を区議会に要望している (音声のみ)