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インタビュー時:44歳(2021年4月)
関係:母
医療的ケアのある子:長男13歳
北海道在住。夫、長男、長女、次女の5人家族。
長男は生後2週間頃、突然チックのような症状が現れた。
4か月の入院中状態は悪化し、退院後も発達は遅れ、その後遺伝子の突然変異による病気(STXBP1 遺伝子異常)が分かった。
食べるのは大好きだったが食後の誤嚥が多く、8歳で胃ろうにした。
特別支援学校に通う中で補装具をつけて立ち、手振りで意思表示するようになり教育の力を感じた。
障害があっても高等教育を受けられる学びの場を作りたいと思っている。
語りの内容
地域の小学校に行く地域交流みたいなものもあって、うちの息子が小学校1年生から6年生まで学期ごとに必ず連れていっていたんですよね。
そうすることで、同じ学年の子どもたちがお兄ちゃんに対して物おじしなくなるというか。「ああ、○○君きょう寝てたね」みたいな「でも、○○君、結構寝てるよね」で終わるんですよ。
バギーを押してくれたり、そのバギーがバックにさがったりとか、すごいなんか恐怖だけど、鬼ごっこに参加させてもらったりとか。
そういうのを1年に2~3回交流していて、その学年の子たちはものすごく、障害があるっていうことに対して抵抗がない学年だったって他の先生から教えてもらって。
4年生か5年生のとき、地域の知的障害の学校と交流することがあった(そうで)。
今までの子たちは、わーって、例えば知的障害がある子たちが叫んだ後もう怖くて近づけなかった。
でも、うちの息子と交流してる学年の子たちは、わーって叫んでも、ああそういうことあるよねみたいな感じで、すぐまた交流に戻ったって。
だからそういった意味で、障害がある子との交流っていうのも「ものすごくありがたかったです」って学校の先生に言ってもらって。
あるとき、給食も一緒に食べさせたいなと思ってラコールを子どもたちの目の前で入れたんですよね。
で、「胃ろうというのはこういうので、このシリンジでやります」と。
で、ラコール開けて、「これがラコールのにおいだよ」って子どもたちにみんなにかがせたら「すごい、いいにおい」、「甘いの?これ」とかって言って。
「それが全然甘くないんだ」とか言って。
そうしたら、3年生のときと5年生のときにやったのかな。
3年生のお便りで、ラコールを入れてる息子の絵を描いてくれてる女の子がいて、すごいと思って。
そういう経験も一緒にしたり、よだれでこうなっちゃうけど、それは全然嫌がらずというか、そういう交流が本当に良かったなと思っていて。
インタビュー21
- 息子は立てるかもと、リハビリの先生が装具をつくった。学校の学習発表会で舞台に立つ息子の姿には感動し、教育の力を感じた
- 地域の小学校の交流に毎学期行って、給食のときにラコールをあけて同学年の子たちににおいをかがせたり、注入を見せたりした
- 支援の必要性を理解しない担当者に敵意を抱いたこともある。親切な人もいるが積極的に情報を取りにいかないと誰も教えてくれない
- 息子と身体を動かすような遊びをしていた。初めてクリスマスツリーを見せたときは目をきらきらさせていてこれが好きなんだと思った
- 息子は胃ろうのみなので電源がなくとも生活できた。普段からラコールや水の備蓄はし、災害時は病院にいくことにしている
- 生後2週間頃自宅で息子のチックのような症状に気づき、てんかんの疑いで入院したが、次第に症状が悪化して入院は4カ月に及んだ
- 胃ろうで子どもの「食べる」楽しみを奪われたくなかったのだが、体調が悪化して入院を繰り返すようになったのでようやく決断した