サリー
事故当時:40歳(2008年)
インタビュー時:39歳(2007年)
職業はシェフです、パートナーと3子あり。母親が自宅でタバコの不始末によるとみられる火災により死亡。過量の鎮痛剤により入眠し、事故に遭ったらしい。サリーと家族にとっては衝撃だった。
語りの内容
私たちは身元を確認するように言われたのですが、私にはできないと断りました。口の中も含め遺体がすすに覆われており、損傷が激しいと言われたので、できないと言いました。それで彼だけ中に入ったのですが、結局、身元の確認はできませんでした。
彼とは、お兄様ですか?
そうです。兄は「確認ができない。わからない。お母さんに見えない。お母さんじゃない」と言いました。それで、私が中に入るしかなかったんです。兄ができなかったので、私が身元確認せざるを得なかったんです。
そうだったのですか。
はい、母に全然見えないって、兄が言ったので。
とてもつらい経験でしたね。
ええ。そう、私がしなければならなかった。遺体を一目見ただけで、すぐに母だとわかりました。本当に1秒足らずで(わかりました)。それ以上見たら、母親のその変わり果てた姿だけを思い出すことになると。母親の遺体確認は、この事故に関することのなかで最もつらい経験でした。遺体確認などしなければよかった。今まで生きてきて一番つらいことだったと思います。もう二度としたくない。あれから、どんな遺体も見ることを避けています。
あなた方お二人だけが身元を確認できる人だったのですか?
そうです。その上、兄が確認できなかったので。ただ、本当につらい経験でした。一連の出来事の中では、本当に最もつらいことでした。
その時の光景に、今もまだ苦しめられていますか?
(ため息)いいえ。でもまだ覚えてます。まだはっきりと鮮明に覚えてます。でも、だんだん薄れてはいくでしょう。私は本当に一瞬見ただけで言ったんです。「母です。」と。それで(遺体のある)部屋を出ました。
そこには、ガラスの仕切りがあったのでしょうか?
いいえ。病院の安置所でした。