インタビュー時:65歳(2013年7月)
女性・関東地方在住。在日韓国人二世である。現在子どもの扶養家族になっており社会保険(共済)で便潜血検査を含む健康診断を受けている。育児に専念した15~6年間は夫の社会保険の主婦検診の対象になっていたものの、受ける余裕はなかった。その後、再就職して便潜血検査を受検した際に陽性になり内視鏡検査を受けたが、その時の心身の不快感は忘れられない。以降内視鏡検査は受けていないが、子どもたちが成人して少し余裕が出てきたので人間ドックに入ることも検討している。
語りの内容
はい、えーと、20代後半に結婚しましたので、その仕事についているときで、まだ出産をしていないときは、あのー、健診を受けることができましたね、職場で。ですけれども、30代に入ってから間もなく、あの、出産をして、ま、仕事、職場からは遠ざかって、まあ、あのー、主婦になって子育てをしているときは、健診はほぼ受けられなかったです。ていうのは、あのー、次々生まれて4人子どもを生まれましたので、で、あのー、ま、やんちゃな男の子でしたので、それを預けて自分が健診に行くっていうことは、とても不可能でした。
それで、また、子どもたちが大きくなって、あのー、40代50代に入ってからは、えー、また職場に、あのー、復帰しましたので、そこでは、職場の健診を受けることができました、はい。……。
そうです、何でもないんですけど、だから、子どもたちはいい時代に結婚したってね、思って、ほんとにほっとしたんですけども。わたしたちのときは、あの、そうではなかったので、ま、在日の二世なんですけど、わたしは。一世二世の時代はそうではなかったので、やっぱり、公共の場で名前を呼ばれるっていうことにものすごい恐怖感があったんです。いじめにもあったり罵倒もされたり、いろんなことがおきたのでね、うん。だから、名前を隠している人がたくさんいたじゃないですか。
―― そうですよね。ま、じゃ、それが、もう、例えば、その病院の場でもそうだったっていうことですね。
そうなんですよ。で、人権侵害ですからね。やっぱり、その、自分っていうものを、あの、チャレンジしようにもありのまま生きていないと、喜んでチャレンジなんてできないんですよね。だから、その子ども育てているときに大変だったっていうのはそういう問題もあって、あの、病院に行ったりとか誰かにね、親しく預けたりとか、迷惑かけちゃいけないとか、何言われるだろうかとか、そういうね、緊張感がものすごくあって生きてきたんですよ。だから、すごく自分は頑張ってこの子育てしなきゃいけないと思っていた。
インタビュー34
- 職場復帰をきっかけに便潜血検査を受けてひっかかり内視鏡検査を受けたが、痔による出血だったようだ(テキストのみ)
- 4人の子どもを育てている間、健診に行くことは不可能だった。在日韓国人への差別がある中で、病院に行ったり、子どもを誰かに預けることにも抵抗があった(テキストのみ)
- 内視鏡検査を受けるために、下剤をたくさん飲んだり、長い時間をかけてトイレに行かなければならないとは知らなかった(テキストのみ)
- 大腸炎と診断されて内視鏡検査を受けるように言われたが、以前に大腸がん検診の精密検査で受けたときの辛い経験からけってしまった(テキストのみ)
- 子育て期間15~6年は健診を受けられず、一番下の子どもが中学に入って職場復帰してから健診を受け始めた。その間出血があったが痔だと思って気にしなかった(テキストのみ)