便潜血検査で陽性反応が出た場合、大腸がんがあるかどうかをより詳しく調べるために精密検査を受ける必要があります。しかし、便潜血検査で陽性反応が出ても精密検査を受けない人が少なくありません。では、なぜ多くの人は精密検査を受診しないのでしょうか。そこにはさまざまな理由があり、しかもそれらは複雑にからまりあっています。例えばある方は、便潜血検査を受けて陽性反応が出たものの3年間放置していましたが、その理由として、忙しさや面倒さ、がんになるはずがないという思いこみなど、複数の要因を挙げています。
同じように、多くの方が精密検査を受けない理由として複数の要因を挙げていましたが、ここではそれらを整理して紹介したいと思います。
痔やいきんだことが原因だろうという自己判断
今回のインタビューで多く聞かれた理由のひとつは、便潜血検査で陽性反応が出たのは痔や排便時にいきんだときの出血が原因だと思ったから、というものです。便潜血検査は便に混じっている血を調べるものであり、がんによる出血以外でも陽性反応が出ることがあります(これを「偽陽性」と言います)。そのため、例えば普段から痔で出血している人などは、便潜血検査で陽性反応が出ても、痔によるものだろうと考え、精密検査を受けないことが多いようです。
痔による出血という自己判断は、自分ががんになるはずはないという思い込みと強く結びついています。後に大腸がんの診断を受けたという次の男性も、自分はがんになるはずがないと思い込んでいたため、便潜血は痔の出血などによるものだと自己診断していたそうです。
痔に加え、排便時にいきんだせいで出血したと考えて、精密検査を受けなかったという人もいました。この方の場合も、自分はがんではないという認識がベースにあり、いきんだことを理由に再検査を受けないまま1年が経過しています。
次の男性は便潜血検査が時によって陰性になることがあり、がんならば陰性になるはずはないと考えて、陽性反応が出ても精密検査を受けていませんでした。しかし、その後出血が止まらなくなって医療機関を受診してがんが見つかりました。このように実際にがんなのに検査結果が陽性にならない場合もあります。これを「偽陰性」といいます。
お尻を見せることへの抵抗感
大腸がんの精密検査には直腸指診や注腸検査、内視鏡検査などがありますが、いずれの方法も検査を行うにあたって医療者にお尻をみせなければなりません。その恥ずかしさや抵抗感から精密検査の受診をためらったと語った人が何人かいました。こうした声は男女共に聞かれました。
女性の中にはインターネットで肛門科の女性医師を探したという方もいました。この方は自治体の検診で陽性反応が出ましたが、恥ずかしさから精密検査は受けませんでした。その頃、刺激物を口にすると下痢をしていたため、おかしいなとは思っていましたが、胃腸薬を飲めば調子が良かったのでそのままにしていたようです。しかし、しばらくして下血があり、精密検査の受診を決意します。ただ、男性の医師の診察を受けることには抵抗感があったといいます。
周囲の人の発言
精密検査を受けるか受けないかという意思決定は、周囲の人の働きかけや病気認識からも大きな影響を受けます。ある男性は、一日に何度もトイレに行かなければならないような状態にありましたが、妻から精神的なものだと言われ、自分でもそれに納得していたと話しています。
また、家族から肛門科の受診を反対されたと話すがん体験者もいました。この女性は便潜血検査は陰性でしたが、お尻の痒みや倦怠感などの自覚症状が出ていました。なかなか症状が治まらなかったため、意を決して肛門科を受診しようと家族に相談したところ、「嫁入り前の女性が行くところではない」と反対されたということです。
精密検査の受診を働きかけられない
便潜血検査で陽性反応が出た場合、精密検査を受けるよう働きかけがなされますが、その形態や程度はさまざまです。インタビューを受けた人の中には、陽性反応が出たものの、あまり強く精密検査を受診するよう働きかけられなかったので、それほど受ける必要性を強く感じなかったと語る人もいました。
忙しさや煩わしさによる非受診
精密検査を受けるためには少なくとも半日程度の時間が必要になります。しかし、特に仕事をしている人にとって、精密検査のための時間を確保するのは決して簡単なことではありません。インタビューでも、精密検査を受けなかった理由として忙しさを挙げる人が何人かいました。
仕事の忙しさだけではありません。ある方は、便潜血検査で陽性反応が出たものの、ちょうど子どもが受験を控えていたこともあり、それが落ち着くまで精密検査の受診を先延ばしにしていました。
内視鏡検査の苦痛とリスク
大腸がん検診の一次検査である便潜血検査は便を取るだけで身体的な侵襲性(検査による痛みや苦痛)はありませんが、精密検査で一般的に用いられている内視鏡検査は腸にカメラを入れる検査方法であり、身体への負担があります。また、非常に稀にですが、腸壁に穴があくというリスクもあります。こうしたことへの不安を口にした方もいました。
障害を持つ方にとっては、内視鏡検査を受けること自体がかなり負担になるようです。筋ジストロフィーで介助の必要のある方は、大腸がん検診を受けたことはありませんが、痔の治療で内視鏡検査を受けた経験をお持ちでした。横になったり同じ姿勢を保ったりすることが大変だったと語っています。そのため症状が進行すれば精密検査を受けることは難しくなるだろうと話しています。
また、ある方は、以前に内視鏡検査を受けたことがあったが、そのとき大量の下剤を飲まされたことがとても辛かったため、大腸炎と診断されて内視鏡検査の予約を入れていたものの、結局病院には行かなかったと話しています。
医師や医療に対する不信感から
医師や医療に対する不信感から精密検査を受けたがらない方もいました。この男性は毎年人間ドックで定期検診を受けていて、これまで二度便潜血検査で陽性反応が出たことがありました。一度目は内視鏡検査を受けて良性のポリープが見つかっただけでしたが、二回目は精密検査を受けませんでした。このときの人間ドックは妻と一緒に受けたのですが、その際、検査結果を妻と一緒に聞かされ、家族のためにも精密検査を受けなければいけないというような勧め方をされ、そのことが非常に腹立たしく、単に金儲けのためだけにやっているのではないかという嫌悪感があり、絶対に精密検査は受けないと思ったといいます。
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