ベリテ
インタビュー時:61歳
性別:女性
診断時:54歳
経歴:ジャーナリスト
国籍:イギリス人(白人)

短縮版:ベリテは2005年、54歳のときに乳がんと診断された。彼女は乳腺腫瘤摘出術、放射線療法、タモキシフェン投与を受けた。タモキシフェンで重い副作用があったので、アリミデックスに変更した。その後、アロマシンに切り替えた。

語りの内容

イギリスで、民間の医療機関で治療を受けたとおっしゃいました。

はい。

そして、フランスで治療を受けた。それと、以前、治療を受けたとおっしゃったのは…。

ドイツです。

ドイツですね。どんな治療をどこで受けたのか、ひととおりお話しして頂けますか。そして、どのような違いがありますか。

はい。ロンドンで診ていただいた腫瘍医からは、タモキシフェンのせいで視力障害が起こったとは考えられないと言われ、病院牧師からは、いや、タモキシフェンのせいだと言われました。それで、私は牧師様とお話をして、あるフランス人眼科医○○先生の存在を知りました。先生はスローンスクエアで開業されていて、そこは私の家からそう遠くありません。そこで、私は彼に電話をし、病状を説明しました。彼は、「わかりました。その病状のことは詳しく分かりますよ」と言ってくれました。

それで、私はその先生に診察してもらいました。彼は、今まで見たこともないようなすばらしい機械で、私の目を1時間半ほど検査してくれました。まるでスターウォーズのようでした。検査後、彼が椅子にもたれて、「よかったです。これはタモキシフェン中毒ではありません」とおっしゃったことを思い出します。どうやら、百万人に1人はタモキシフェンで失明するらしいのです。でも、ありがたいことに、私のはそうじゃなかった。彼は、「これはそのうち治るでしょう。これはタモキシフェン服用の結果です。2か月以内に治りますよ」と言いました。その後、私の症状は消えました。両目がまだ少し涙が出やすいので、彼は、症状を和らげるすばらしい点眼薬を処方してくれました。それがタモキシフェンの話です。

それから、次は皮膚障害のことです。その分野ではイギリス一と聞いていた皮膚科医から「お年のせいですね」と言われたとき、私は、それは違うと分かっていました。私はこう考えました。「いいえ、今こそ賢明になって、フランスへ行かなくては。向こうではもっとよい治療をしてくれるはずだもの」と。それで、あれこれと周囲に尋ね始めました。その結果、臨床試験中のすばらしいスキンケア製品があると聞きました。その製品はフランスの病院で開発中でした。だから、フランスは私が行くべき理想の地のように思いました。そこでは、300年間も皮膚病患者を治療しているのです。

それで、そこに行かれたのですね。

はい。

どれくらい、そこに滞在しましたか。

3日間くらいいました。もっと長く滞在しなければならないものと思い込んでいましたが、実際は、午後1時30分に最初の先生の診察を受け、5時30分には全てが片づきました。全ての検査が行われたのです。

私は、がんを治すのに運動がとても役立つと知りました。それから、○○と呼ばれるすばらしい女性に出会いました。彼女の家族はドイツ中にクリニックを所有しています。そして、△△先生はバート・ズルツァという場所にクリニックを持っていました。彼女はこう言いました。「私たち、そこに500床のリハビリテーション・クリニックを所有しているのよ。ぜひ私たちのところにいらっしゃい」と。私はそうしました。

私は: です。

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