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診断時:32歳
インタビュー時:34歳(2008年7月)

東北地方在住。2005年秋、左乳がんが見つかり、乳房温存術+リンパ節郭清、術後抗がん剤、放射線療法、ホルモン療法を受けた。1年後に転移。骨転移にゾメタの点滴治療を開始、肝転移にラジオ波治療を行った。その後、抗がん剤治療も開始したが、自分の意思で抗がん剤を中止した。一人暮らしで看護師をしている。

語りの内容

えー、抗がん剤を終えて、5月から放射線治療ですね、温存した乳房に放射線を当てるっていうことで、別の病院に紹介になって、マーキングをしたりとか結構時間かかかったんですけど、5月半ばぐらいから放射線に通っていました。で、25クールっていうので、結局5週間かかるので、その間、仕事に出ようかなとも思ったんですけど、白血球もやっぱり下がることもあるので、感染に対して抵抗力もなくなるから、ちょっと休んだほうがいいって師長さんにも言われて、結局まず、お休みすることにして。
で、1ヶ月半病院に、毎朝同じ9時からだったんですけど、毎朝通って。でも、やっている時間ってほんとにすぐなんですよね、2分もかからないかな。ピーピーってやって「はい、終わりですよ」っていうので、たった2分のために車を20分くらい運転して行くっていうのも、毎日行くっていうのもすごい、何かちょっと苦痛になってきちゃって。で、白血球も下がってきたんですね、私、放射線を当てて。で、最初のころは何ともなかったのに、やっぱり、2週間ぐらいたってから、もう火傷みたいにこうバーンと黒ずんじゃって、ほんとに日焼けですね。で、こう皮はむけるし、水ぶくれができてひりひり痛くて、破けちゃったりして、で、よく冷やしていましたね。あの、アイスノンとかで。こう冷やしたりしていましたし。
結構、そのマーキングがこう大きい、赤いペンとか青いペンとかでくっきり書かれるので、夏場だったので、こう胸の開いた服とかを着るともう刺青のように見えちゃって。あと、何か、「お気に入りの下着とかをつけないでください」って言われて、確かに色がついちゃうんですね。だから、こう、安っぽいタンクトップみたいなやつしか(笑)、着れなかったので。
あとは、そうですね。放射線治療中で、結構、精神的にこう、うつっぽくなる人が多いっていうのを聞いていたんですけど、私もちょっと元気がなくなってきた時期だったんですね。何ていうか、こう…、だるいというか、一部分しか放射線をあてていないのに、全身の免疫力が下がっているのが分かるというか。すごいだるくなって、ちょっとうつっぽくなった時期もありました。はい。

私は: です。

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