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診断時:35歳
インタビュー時:46歳(2009年5月)
四国地方在住。1996年9月、授乳中に右乳がんが見つかり、右乳房切除術を受ける。3年後にリンパ節に転移したため、リンパ節切除術を受け、その3年後に肝臓に転移したが、抗がん剤治療、ホルモン療法を続けてきたことで現在、病状は安定している。 診断時、夫、子ども2人、姑の5人暮らし。現在も教員として勤務を続けている。
語りの内容
で、あのー、娘ができて、最初、ほのー、息子のときもそうだったっていうことも、もう丸っきり忘れていたんですが、うーんと…、娘がお誕生日も近いし、もうあと1~2ヶ月で職場も復帰しなければいけないからっていうころ、まあ、10ヶ月を過ぎていたころだと思うんですけど、そのころから、あのー、右のお乳は出にくいな、もうはっきりと、吸うても吸うても出よらんなっていうことが気になるようになりました。で、こう、触っていくと、何かぽつんとあるような気はするんですが、それがどっかお乳の乳腺が詰まって、そこにお乳がたまっている、しこりができていると私は勝手に思っていました。で、娘もそうやって出にくいのは分かっていても、右のほうばっかり好んで吸うので、左のほうを吸わせると、お乳にむせて吸いにくいっていうようなことがありまして、もう右ばっかり吸うので、まあ、詰まり…、詰まってはいても、娘にとってはこっちがいいんだろうっていうことで。娘が好むから気にならないっていうような状況がありました。
で、もう8月ぐらい、9月のお誕生日の子ですから、8月ぐらいにもうお乳をやるのを極力控えよう、夜だけにしようと思ってしていくと、左のあの溢れるようなお乳が自然に止まってくるの…、くるんです。出にくくなってきていたんです。で、夜だけはもう、あのー、お乳を作って飲ませるのが面倒かったので、あのー、飲みたいと言うてきたら、そのままお乳を吸わすっていうようなことをしていましたが、右のほうのあのぽつんと詰まったような、柵ができたようなところがいつまでもあります。で、ちょっと気になって家族に話すと、「それ、ちょっとやっぱりおかしいんでないか」と。「ほれ、乳腺が詰まってるったって、いつまでも」、おばあちゃんも「それはおかしいんでないかな」って。「詰まっても、あのー、断乳していると自然になくなっていくもんやし、そんなんがあるっておかしいよ」って言われて、「病院、1回行ったら?」と言われたんやけど、あんまり、私自身はそう深刻に受け止めてなくて。で、乳がんっていうほうに知識もあんまりなかったので。
というのも、子ども2人母乳で育ててたら、絶対そんなん(乳がん)はないと思い込んでいたところがあって。うん。でも、あんまりおかしい。完全に断乳してしまって、職場復帰も果たして、娘のお誕生日も過ぎたのに、まだある。おかしいなと思って、娘の健診と一緒に産婦人科の先生に相談したように覚えています。
インタビュー48
- 娘の授乳中にしこりに気づいた。お乳が詰まっていると思ったが、断乳してもしこりが続くので、義母に相談したところ、それはおかしいと受診を勧められた
- 何が原因で乳がんになるのかわからないが、若い人でも乳がんになることを知って、娘には早い時期から検診を受けさせようかなと思っている
- 一度虫さされで腫れたが、10年経って今のところ浮腫はない。日焼けや虫さされ、湿疹などに気を付けている
- 5年間、抗がん剤を内服して小さな肝転移は収まりつつあったが、服用中止後2年以上経っても血尿が続いていて、止血剤と内視鏡的手術が必要な状態だ(テキストのみ)
- 中学の教員をしている。職場でオープンにしたことで時間割や休暇の面で協力が得られた。また、病気で感じたことを生徒に伝えたいと思い、話したら、手助けする子も出てきた
- 「あとは頼むよ」と夫がよく言っていたが、今は私が夫に頼まなくてはならないかもしれないと思う。夫の気持ちに応えきれない自分がいて、そういう話ができなくなった
- 診断当初、早く子どもたちに成長してほしいと焦っていたが、2人が高校生、中学生となり、焦りが消えた。中々言えなかった「将来、孫の世話してあげるね」と言葉に出せた
- がんだった乳房を好んでお乳を飲んでいた娘への影響が心配でつらかったが、医師に影響ないと言われ、ほっとした