診断時:45歳
インタビュー時:50歳(2008年9月)
首都圏在住。乳頭の裏側にある5cmほどのしこりを発見して受診。2003年夏、左乳がんと診断された。知人の紹介で出会った放射線科医を主治医として、自分でよく考え、調べた結果、無治療を選択し、自分が計画したように5年を過ごしてきた。その間、骨転移、肺転移、がん性胸膜炎が見つかる。現在は往診と訪問看護を受けながら、1人暮らし。
語りの内容
私は、そのときに(無治療を選択するにあたって)自分一人で決めるということができないなというふうに思って、私の年齢は、今、50歳なんですけれど、ですから、両親は、それなりに高齢なわけで、それぞれ年相応に病気も持っているので、両親に話すのはあまりにもかわいそう、というか、両親のほうが先に死ぬかもしれないから、そしたら言わずに済むという気持ちもあって、両親には相談すまいと思っていて。で、その当時、妹ともそれほど、深い話をする間柄ではなかったので。
そうなるとやっぱり友達が頼りで、そのとき、私がとても信頼している友達が3人くらいいたので、結局、治療法を決めるに当たっては、その友人たちの意見が、かなり大きく影響したと思うんですけれど、私は、今まで何でも自分のやることは自分一人で決めてきたんですけど、今回ばかりは自分で決められないって思うぐらい、実はやっぱり大きな出来事だったんですね。自分にとっては。
というのは、がんというのは、死ぬ病気だというふうに、思っていたので、とても大きな命にかかわる、初めての試練みたいに思いましたね。
インタビュー33
- 乳首が胸の中心部に寄っていくように感じて、触れたら乳首の裏側に5cmのしこりができていた (テキストのみ)
- 診断後、友人が一人の医師を紹介してくれた。最初の診察では術前抗がん剤と乳房温存術を勧められたが、さまざまな本を読んで考え、無治療で経過を見ることにした (テキストのみ)
- 無治療を選択するとき、友人に相談したが、命にかかわる決定であり、大きな試練だった (テキストのみ)
- 骨と肺に転移が見つかる前、普通の生活をしていても、とにかく疲れやすくておかしいと思い、検査に行った (テキストのみ)
- 定期的に医師の往診があり、看護師やヘルパーも訪問してくれているので、痛みの治療と精神面や生活のサポートを受けることができて快適に過ごしている (テキストのみ)