※写真をクリックすると、動画の再生が始まります。

診断時:49歳
インタビュー時:54歳(2009年6月)

甲信越地方在住。2004年8月、左乳がんと診断され、左乳房切除術、リンパ節郭清、術後抗がん剤治療を受けた。10ヶ月ほどして首の付け根のしこりに気づき、受診した折に、疑問を感じ、都会の病院に転院することにした。切除後の左胸にがんがあるため、放射線治療を行い、その後は経過観察している。 診断時、夫と2人暮らし。パートをしていたが、病気がわかって辞めた。

語りの内容

抗がん剤は、本当に強い抗がん剤を4回したんですけれども、これはもう確実に個人差はあるものの、あのー、大変だということで、それが4回あったんですけれども、特に最初の1本目は、あのー、どういう状態になるか分からないということで、入院をいたしまして、最初の1回は抗がん剤をしました。抗がん剤は、そうですね、あのー、ほんとに3日間頑張れば楽になるというふうに、先生はおっしゃってたような気がします。で、私もテレビで見て、子どもが白血病か何かで闘って、ああ苦しいとか、吐き気があるというふうな、ドラマでしか見たことなくて、自分が本当に、あのー、こんな病気にかかるとは思わなかったので、抗がん剤をしてみて、まあ、確かに苦しいのは3日間でしたけれど、特に一番、今でもそうですけれども、あの、大変だったのは、におい、嗅覚が、あの、「人間ではない嗅覚」という、自分で、表現しているんですけれども、まるで何かそのー、動物的な嗅覚になりまして、もう、一番はその、においが駄目で、もう病院のにおい、食事のにおい、お茶のにおい、一切(笑)、この世からにおいがなくなればいいのにと思うぐらいにおいは敵でした。だから、その3日間は、一番おいしかったのはお水。お水は何もにおいがない。お茶はお茶の香りがする。そんなわけで、お水でした。食べ物は一切3日間というものは食べたくない状態でした。
それから、そのとき以来、嗅覚が本当に鋭くなって、自分の体、まずは、食べ物のにおいもそうですけど、自分の体のにおいが、お薬なのか何なのかは分からないんですけども、とにかく、もう、臭かったのを覚えてます。なので、自分の寝ているお布団とか、病院であれば自分のベッドの周り、何メートルぐらいでしょうか、廊下歩いてきても、「このにおいは何?」と思うと、自分のベッドだったということを記憶しております。臭かったです(笑)。

私は: です。

(アンケート結果の扱いについては個人情報の取り扱いについてをご覧ください。)

認定 NPO 法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」では、一緒に活動をしてくださる方
寄付という形で活動をご支援くださる方を常時大募集しています。

ご支援
ご協力ください

モジュール一覧