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診断時:46歳
インタビュー時:57歳(2008年7月)
東北地方在住。1997年初夏、右乳がんとなり、乳房温存手術+リンパ節郭清(リンパ節転移なし)、放射線療法を25回受けた。術後ホルモン療法は肝機能悪化で中止。 当時、夫、大学生と高校生の息子と4人暮らし。小学校教員をしていたが、退職した。
語りの内容
で、そんなふうにして生活していたんですが、腕のやっぱり、苦しさですか、それは、年を追うごとにはよくなっていったんですが、やっぱり大変でしたね。えー、スーパーマーケットとかに行って、野菜のところのその寒さ…、野菜を取ろうとすると、その、洋服と腕の間のすき間から、冷たい空気が入りますね。そうすると、もう何て言うんですか、何て言うんですか、ぎゅっとこう筋肉が締まるというか、苦しくなるというか、それで、「うわっ」と言って手を引いたこともありました。その、急に苦しくなったりして。あと、うちの冷凍庫でも同じようなやっぱり現象が起きて、苦しくて、冷凍庫から物を出すのに、「あっ」と言って、私は右側のほうを切除したんですが、反対に左の手に…側の手であの、物を取ることにしたりして、大変でしたね。やっぱり、あと、包丁のほうの…と、まな板のその硬さというか、それもしばらくずっと、続いてましたね。ですから、カボチャを切るとかっていうのもやっぱり大変でした。硬いものを切るのに響いて。えー、だから、そういう不便さは、周りの人はやっぱり気付かないですよね、ごくごく普通に戻ってるわけなので。で、洗濯物を干すのも大変かもしれないというふうにリハビリの先生から言われてたんですが、そちらのほうは何ともなかったんですけれども、寒さと、その、やっぱり何て言うんですかね、その腕の苦しさは、何か、何でなるかというのがやっぱり分からないので、してみて、あっ、これは駄目なんだなあというのを1つ1つ自分で自覚して、次からそのことについては反対の腕を使うとか、こう、気を付けるとか、ゆっくり動かすとか、するしかなかったですね。で、何でこうなのかなというふうにやっぱり落ち込むことはありました。
インタビュー20
- 触診で異常なしと言われたが、しこりを感じたことを伝えると、超音波検査、細胞診をすることになり、がんが見つかった
- 再発防止に効果があると言われたが、肝機能が悪くなり、自分からホルモン療法を止めると言った
- 4分の1切除ということで、丸いケーキを4分の1に切ったようになるのかと不安に思い、最初は傷を見るのが恐かったが、乳房は少女のような感じでとてもきれいだった
- リンパ液を注射で抜くといわれて、痛いのではないかと思ったが、術後の感覚麻痺で針を刺しても痛くなかった
- 術後は冷気に触れると筋肉がきゅっと締まるような感じがしたり、硬いものを切るときに肩に響いたりして腕が苦しくなる
- 腕の太さが左右で1センチから1.5センチ違っていて、半袖を着たときに片方だけ袖口がきつく当たる
- 術後の後遺症で手・腕の感覚異常やリンパ浮腫があったため、腕を使う作業の多い教員の仕事で、周りに迷惑をかけるのが心苦しくて退職を決めた
- 傷口が壊れてしまいそうで触れられるのが怖くて、自然と回数が減った。ホルモン療法中の性生活では自分が無機質な物体にでもなったような感じなさがあり、愕然とした(テキストのみ)