インタビュー時:50歳(2014年12月)
疼痛期間:10年
診断名:慢性頭痛
首都圏在住の女性。小学校の教諭として多忙になった40歳頃から激しい頭痛が始まり、ゾーミッグが処方された。痛みへの不安から服用回数が増えほぼ毎日のように飲んでいたら、動悸・吐き気等が生じて、医師にゾーミッグの飲みすぎを指摘された。今は月3回以内、どうしてもつらい時しか服用していない。湿布や塗り薬、マッサージ、温泉などを取り入れて、自分で調整しながら痛みとうまく付き合っていかなくてはと考えている。
語りの内容
そうですね。もうしようがないっていうか。今まではそう思わなかったです。絶対に痛みは嫌だと。ゼロにしなきゃ気が済まないんですね。もうお薬を何錠飲んででも、消えたという感じが来るまで気が済みませんでした。本当にうっとおしいものですね、あの痛みというのは。でも、ゼロにしなきゃいけないものでもないのかなっていうところまで、今。ちょっとあってもいいかっていうふうに思う自分が、ちょっと出始めているのかなっていう。あの、よく言う、「痛みのある自分を受け入れてうまくつき合いたい」までは、そういうフレーズまでいかないんですけれども。すっごく嫌なんですけれども、以前のようにゼロにしてやるっていう思いはちょっと減ったかな。あの、動ける範囲の痛みなら、よしとしようかな。で、寝て治るなら、さらによしというような感じで。
そこの変化はこう何年もかかる。10年ぐらいでしょうかね、かかりましたけど。あそこには戻れない。あの、「ゼロにしてやる」って思っていたときに生まれてしまった、あの苦しみに戻らないためにも、そうしようっていうことだと思うんですね。あの苦しみは本当に戻りたくないなと思います。お薬漬けの苦しみには戻りたくないから、なので、完璧は求めないようにしようっていう。まあそういうことなんでしょうかね。人もみんな完璧じゃないし、あの、お薬にも完璧を求めちゃいけないっていうか、もう全てそう思わないと、自分がまた、あの薬中毒になってしまうとか、そういうふうに思えるようになってきてるというぐらいのことで、あの、すごく思いますというところではないんです。まだそこまで立派にはなれないんですけど、はい、そう思い始めてきた段階かもしれません。はい。
インタビュー05
- 以前は痛みをゼロにしなければ気が済まず薬を飲み過ぎて副作用に苦しんだが、今では「動ける範囲の痛みならよし」として人にも薬にも完璧を求めなくなった (テキストのみ)
- 職場の同僚に頭痛がひどい人たちがいて、新しい薬や病院についての情報を交換している。お互いの苦しみを共有することで「自分だけじゃない」と安心できる(テキストのみ)
- 市販薬をいくつか試したあと、病院でロキソニンを処方してもらった。最初はとてもよく効いたが、そのうち薬を飲んでも全く痛みが消えなくなってしまった(テキストのみ)
- ゾーミッグを飲むと痛みが嘘のようにすーっと消えた。最初は1日1回だったが、飲みすぎに対する警戒心がなかったので、予防的に1日3回飲むようになった(テキストのみ)
- ゾーミッグ服用後に吐き気や手のしびれ、発汗、息切れ、過呼吸などの副作用が出るようになり、しまいには救急外来で「合法的な薬の中毒」と言われた(テキストのみ)
- 痛みを引き起こすのは、自分の考え方がいけないのでは?神経質なところや底のほうにある強情なところがいけないのでは?と思うまでに切羽詰まっていた(テキストのみ)
- 夕方、痛みが強くなってもデスクワークは続けるようにした。任された仕事や立場上、今はなんとか乗り切って頑張りたい (テキストのみ)
- 痛みがひどいときには、人を気遣える状況ではないので、一人にして放っておいてくれたほうがよい(テキストのみ)
- 病院で出た漢方エキス剤は効果が感じられずやめてしまったが、漢方薬局では頭痛だけでなく便秘など全身の症状に合わせて調合してもらえるので続けていきたい(テキストのみ)