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インタビュー時:49歳(2014年11月)
疼痛期間:16年
診断名:関節リウマチ

首都圏在住の女性。子育て中の33歳の時に初めて足の痛みと腫れ、手のこわばりを自覚。複数の医療機関を受診してようやく確定診断がつき、プレドニンの内服治療を受けるが強烈な痛みが続く。2002年以降、いくつかの新薬を試して自分に合うものが見つかった。現在は代替療法も活用しながら、ある程度痛みをコントロールして、大学教員として通常の業務をこなすことができている。

語りの内容

リウマチになっても、えーと、痛みがあっても、あの、頑張れる自分というのが、頑張れるというか、おかしいけど、何ていうのかな、それと一緒にこう共存して来れた自分の10年ぐらいがあるので、あの、今からもやれるっていう、何ていうのかな、自信みたいなのが今はあるんですね。でも、その前は、あの、さっき話したように敗北感だったり、自分がうまくやれない。それから、えっと、いつどうなるかわかんない。もしかしたら手もこう、もう曲がっちゃって、足も曲がっちゃって歩けなくなるかもしれないとか、いろいろなこう…、何ていうのかな、不安とかがあったので、あの、そこから今は、あの、痛みがあっても、あの…、その病気が治らなくてもそれと一緒に歩んでいこうっていう、なんかこう自分の中で…、うーん、なんかストンと、どっかで落ちたんだと思うんですけど。それとの前と後はかなり違うかもしれないですね。

1つはたぶん、こんな状況の中で私がたぶん博士号を取ったことなんですよ。…なので、私は、えっと、もう子どもを抱えてこんな状況で、あの、たぶんこれはね、取れないだろうと自分の中で思ってたんですね。な、だけども、人が、えっと、4年かかるのを私は20年かかっても取ろうというふうに思ってたんですよ。それ、1つは、自分の何かこう意地だったところがあって。…たぶんそれが取れたときに、あの、自分がそれで達成したときに、「あ、こんな病気があっても痛みがあっても、あの、やれるんだ」っていう、なんかこう、自分、に向き合えた。えっと、たぶんそれが一番大きいんじゃないかなと思うんですよね。

―― そこが大きな節目という。

うん。だからね、あきらめ、あきらめなくて良かった。だから、夢って、別にそれは私の夢だったかもしれないけど、あの、どんな人でも、何か夢って捨てちゃだめよねっていうのはそのときになんか思ったし、あの、それがなんか自分の中で1つ得たときに、「あ、これからもやれるんだ」っていう、本当に自分の中のストンっていう、そのきっかけだったような気がします。

私は: です。

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