私が新型コロナウイルスに感染したのは、2020年の3月です。えー、発症に気付いたのが3月28日の土曜日です。で、その日は、土曜日だったんですけれども、東京都内で、あのー、初めて外出自粛制限っていうのが週末になった日でした。ただ私、出勤をしていたので、土曜日だったんですけれども、会社の、会社にはあんまり人がいなかったんですけれども、出勤して仕事をしてお昼で終わり、早朝からお昼までのルーティンだったので、仕事が、終わって、それで、その後ちょっと残業をしに、残業っていうか、あのー、新聞記者の仕事をしているので、ちょっと原稿を書きたいと思って、別の場所に行って原稿を書いていました。まあ、別の場所っていっても社内なんですけども。で、そこで、最初に分かったのが、えーっと、消毒液って、こういういつも持ってる、あのー、消毒液があるんですけど、これにオイルを、アロマオイルを入れてこう、香りを嗅いで、まあ、ちょっと気分リラックスっていうので、消毒液兼アロマみたいな感じでいつも持ち歩いてる物があって、それで何気なくその日もシュッシュって、そのときもシュッシュってやったら、全くそのラベンダーの香りがするはず、なのに全くしない。それで、…もうびっくりして。
で、そのときになぜそのびっくりできたかというと、その新聞記者として、新型コロナウイルスが発症したとき、中国の武漢という町だったんですけれども、ま、私、中国語ができるので、あの、勤め先のその新聞社で、その武漢の人に、中国語で東京からインタビューしたり、電話で取材、SNSを使って取材したりして、で、新型コロナウイルスの報道に携わっていました。それで嗅覚とか味覚がないっていうのが、一つの新型コロナウイルスの症状の一つっていうことを知っていたので、いきなり嗅覚、あ、いきなりこう「何もにおいが分からない」ってなったときに、あのー、まさかというふうに思いました。
まあ、やっぱそのとき日本ではまだ東京でも1日――今もう1,000人とか、この前2,000人とかいってるんですけど――そのときまだ100人にも1日の発生、発症者数が、感染者数か。が100人いってないときで、まあ、周りに全くもちろんいなくて。さらにあの、嗅覚がおかしくなることで新型コロナウイルスだと、というふうに、疑われるっていうこともなくて、やっぱりまだ発熱があるかどうか、せきがあるかどうか、息苦しさがあるかどうか、あとは濃厚接触者がいるかどうかっていう。なので、その、たまたまの取材をしていたってこともあって、これはもしかしてと思い、それから、ちょっとそのー、オフィスの中にある消毒液とか、アルコールのティッシュとか、1人でちょっと手に取ってみるんですけど、全くにおいが分からない。
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まあ、熱が出たのが土曜日だったので、土曜日の2日前、「木、金の行動はどういうふうな感じでしたか」っていうことを(保健所の人に)聞かれて、で、結局は、あの、いわゆる濃厚接触者に当たるのが、「ご家族だけでしょう」ということになりましたから、家族、まあ、私、娘と3人暮らしなんですけど、3人で、と私、入れて4人で暮らしておりますけど、娘3人が、結局は、検査の予約をそのままそこで取っていただいて、まあ、娘たちも、(自分が)陽性だっていうふうに分かって、もうすぐに、予約を取ってもらって、その日のうちに、PCR検査を受けに行って、で、翌日、まあ、全員、陰性だったんですね。幸いなことに、娘たち3人とも陰性っていう結果だったので…。
――で、その、言われたときですね。「あなた陽性ですよ」って言われたときに一番こう、感じたことというか、思ったことっていうのはどんなことがありますか。
ん―、別に、「あ、そっか」っていうか、「あ、やっぱりな」っていうそんな感じですけど、特に、なんかすごい、何て言うんですか、世間で言われてるみたいにショックでどうしようとか、こうしようとかっていうことではなく、ま、たまたま、ちょうど、その病院に行かなくちゃいけない仕事が空いている、ちょうど2週間が空いている、ちょうどそのときだったので、はい、「よかった」っていう感じです。
――その、やっぱり全然そのこと、一般の方と違って医療関係者でいらっしゃるってこともあって、知識とかがやっぱり、もともとおありだったと思うんですけれども、そういう意味では、その、自分がこれで死んじゃうかもしれないとか、そういったことは感じられなかったってことですかね。
んー、まあ、もしも、その、例えば、あの、言われているようにですね、何日かたって、急に例えば息が苦しいとか、そういう症状がある、あったら多分、少し考えたんでしょうけど。まあ、発熱してから、とりあえず土曜日、発熱して、月曜日に病院に行き、それで翌日分かり、で、結局、調整なりなんなり、ホテルに行くことに決まったのがその翌日でって、もう発症してから、そこでもう5日間ぐらいたっているわけで、その時点で、特に息苦しいとか何とかっていうことがあるわけではなかったので、ま、そんなにそこまで死んじゃうかもしれないとかっていうふうにはならなかったですし、娘たちがみんな陰性だったっていうこともあって、そこは、よかったなっていうふうに思っていたので、はい。特にそこまで、あの、死ぬかもしれないみたいなところまでは思わなかったですね。
なんで、私ピンピンしてるんですけど、私はコロナだとずっと思って、なんかもう本能が言ってたから。元気だし、熱はないけど、でも絶対、「私は子どもに触んない」みたいな。多分、そう、あの、それぐらい強い信念を持って自分がコロナだと思わなければ、多分、普通に、子どものお世話しちゃえるぐらいそのときは元気で。あの、食欲もあるし、熱、全くないし、せきも全く出ない。ただ、その、夫には「万が一、陽性だったらほんとに大変だから、子どもも保育園はやめよう」と。で、「すごい迷惑かかっちゃう(から)」と。
で、月曜日に上司から、とにかく病院に行って、検査をしてきてもらってほしいと。とにかく、その、白か黒か(はっきりさせてと言われた)。で、私、耳鼻科に行ったんですね。またやっぱり、その、電話をしてこういう状況で、熱もせきも全くない、濃厚接触とかもない、海外渡航歴もないけど、とにかくにおいだけ分かんない。診てほしい。で、耳鼻科の先生(からは)「んー、コロナね。コロナかもしれないけど、コロナじゃないかもね」みたいな。ただ、耳鼻科の先生はやっぱり、あのー、「コロナである可能性があるというふうに思いながら生活したほうがいい」と。
「ただ、あなたの症状からしてPCRに紹介はできない」って、と、PCRの検査をするには、お医者さんがこの患者はコロナの疑いがあるからPCRの検査の必要があると、お医者さんが言ってくれないと患者、自分で行けない。保健所に連絡をとると、保健所からもおんなじことを言われて、あの、「コロナの疑いがあるという診断を、(医者に)してもらってくれ」と、まず。ところが私、内科医にもしてもらえなかったし、その耳鼻科にも、ま、「まあ、違うんじゃない?」みたいな。あの、「そうかもしれないけど、でも、PCRは今の、状況じゃ受けられない」みたいなこと言われて、でー、結局、耳鼻科も帰ってきて。
だから家でもう自分は鋼(はがね)の意志で、「もうみんな違うって言うけど、私は絶対コロナであるだろう。だから家族には、あのー、もう寄り付かない」。で、結局その意思のままずっと貫くので、うちは家庭内感染だけは防げたんですね。その後、夫は抗体検査、受けて陰性だったので、抗体がなかったのでうつってないんですよ。夫は、で、夫はぜんそく持ってるので、そのときは、まあ、ぜんそくの人は、あのー、かかっても、大丈夫(と)、後から知ったんですけど*、私その当時はぜんそくの人は多分、う、うつったらひどくなっちゃうかなと思っていたので、やっぱ夫にもうつせない、子どもにはもっとうつせないと思ったので。
*日本喘息学会のホームページでは「喘息患者が新型コロナに罹りやすいわけではなく、重症化のリスクも健常者と比べて高くはないとされて」いるとあり、ぜんそくはコロナワクチンの優先接種対象疾患には含まれません。
その、後で調べたことなんですけど、その保健所も、その地域によって違うんですよね。で、濃厚接触者に認定されて、PCR検査を受けます。そうすると、そのPCR検査も、その病院にかかる費用も、全てまかなうところと、自治体っていうんですかね、あとは、その「初診料は有料ですよ、自腹で負担してください」っていうようなところと、さまざまなんです。
なので、その、迷惑をかけた、まあ、うつってはいなかったんですけど、迷惑かけたとするとすれば、そこなんですよね。その、濃厚接触者にしてしまったことと、あとはお金が若干掛かったっていうところで、まあ、うん。
ま、これに関していうと、そうですね、その、(自分が)「お金払うよ」って言った、ま、大した金額ではなかったんですけど、「お金払うよ」っていう話をしたんですけど、でも、「やっぱり明日はわが身なので。やっぱりそういう、実際かかってしまったその、本人からお金もらうわけには(いかない)…」と。まあ、(自分は)上司の立場だったんで、「いいよ、いいよ」とは言ったんですけど、「やっぱりその、人としてどうかっていうふうにやっぱりちょっと思ってしまう部分があって。そこは、いや、いいです」と。「(本人ではなく)会社から出るならいいですけど」みたいなことで、丁重にお断りはされたんですけど、はい。そこはちょっと、うつしてはいないものの、その、はら、まあ、出た費用に関しては、ちょっと、うーん、なんでこんなにそれぞれ(の自治体)によって違うのかなっていうのと、判定基準が違うのかなあっていうふうには思いましたね。
――すみません、ちょっと今、私、あの、フォローしきれなかったところがあったのが、ええと、その、かかった費用を払うよって、あの、ご自身が払うよと、その、えー、部下の方たちにおっしゃった。その費用というのは、それは、あの、何の費用ですか。
ええと、初診料、初診料ですね。自治体が負担しない初診料。ある自治体が負担しない初診料です(笑)。
その、熱が出た当日、行った歯医者さんにも、病院から電話をして、「申し訳なかったんですけど、結局、私コロナだったんです」って言って。で、あの、お詫びして、「あ、そうだったの、そうじゃないかなって何となく思ってたんだよねー」って言われて、はい、もうすごく、もう、謝ってお詫びしたんですけど。
あのー、歯医者さんも、他の私以外の方も、あの、コロナの可能性があるとかって言われると、もう次の日の予約とか、その次の予約を取ってらっしゃる方に片っ端から電話して、ちょっとこういう状況なので、消毒をするから、ちょっと、明日の予約は延期してくださいとか、ま、そういうことをされてたんですね。だから私のときも、きっと同じようにされたのかなーと、あのー、ほんと申し訳なかったなーと思いましたけど、そういったこともありましたね。
えー、1月12日に保健所のほうから電話が掛かってきて、「もう発症してから10日間たったので、もう人にうつすことはありません、もう明日から、外に普通に出て大丈夫です」というようなご連絡をいただいて、それでも、やはり…えー、仕事の復帰をするのは難しいだろうなと思いました。あの、あまり10日間で人にうつすことがなくなるっていうことが世間では知られてないと思うんですが、それを言ってもなかなかこう、PCR検査で陰性を出さなければ、えー、心配される方が多いので。特にやはり、あの、私、バイオリン教えているので、その…教室の生徒さんなどにご迷惑がかからないように、えー、PCR検査を受けて陰性が出てから復帰ということに、えー、しなくてはいけないかなと思いまして、実際には19日に、えー、またPCR検査を自分で受けに行って、えー、やっとその翌日陰性が出て、社会復帰することができました。
――それで、こう、もう堂々とお仕事できるなみたいな、そんな感じだったんでしょうか。
えー、堂々というか、ま、陰性の証明をして社会復帰ができるっていう感じですね、うん。とてもうれしかったです。
――ってことは、それ(陰性証明)がない状態で、(保健所から)口頭で電話で、「あなたもう大丈夫ですよ」って言われるだけっていうのは、やっぱりすごく、あの、社会生活をしていく上ですごく不都合があるってことですかね。
そうですね。あの、特にそういう音楽教室などでは、ちょっと、PCR検査で陰性が出なくては復帰は許されないのかなというプレッシャーがありました。
――はっきりそのPCR検査受けてくださいって言われたりもされたんですか。
え、言われたりはしなくて、こちらからPCR検査を受けて陰性が出てから復帰しますっていうことを言いました。
――じゃ、なんとなくその空気を察してしまって、そういうふうに思われたということですね。
そうですね。やはり自分も自信を持って復帰できないと思いましたし、そういうこともあるので、ま、ぜひ、あの、PCR検査、あの、コロナにかかった人は、例えばその療養期間が終わって1週間とか、まあ、1カ月以内に1回だけただで受けられるっていうようなシステムを作ったほうがいいんではないかなと思います。
――あるいはもう、その、世間の人がみんなその辺のことをちゃんと理解すれば。
そうですね。
――ま、いいかもしれないですけどもね。
うーん、でも、やっぱり心配ですよね、理解していても。陰性が出たと言われたほうが安心なのかなと思います。
――それはそうですね。やっぱり、その、自分が万が一まだ、ウイルスがあったらどうしようっていうのは、確かにずっとやっぱり不安ですよね。
はい。あの、人にうつす心配ですね。今までは自分がうつる心配をしていましたけれど、人にうつしてしまう心配をずっとしていました。
まあ、その、(療養)施設を、出ました。でー、出たときに、今後どうしたらいいんかっていうのがあったので、保健所の人からは、紙をもらって、1週間は自宅待機、その後は、「もう自由にしていいです」と言うんですけど。まあ、そのときに、自治体によって違ったみたいで、一般的には、その、「コロナ2回PCR陰性分かった後2週間は、隔離(正しくは「不要不急の外出自粛」)や」っていうことを言われてるとこが多かったんですけど、自分の場合は1週間でいいって言われて、でもただ、すごくまだ当時はあんまり分かってなかったので、あのー、非常に不安で、まあ、理論上は抗体ができて治ってるんで、もう一回かかるっていうことはないだろうなと思ってたんですが、やっぱり自分がなって迷惑掛けたというのと、あと、こう、人にうつしてないかっていうのがやっぱりこう、ずーっとコロナになってから、心配だったので、職場に電話したら、2週間はもう、来んでいいって言われて、職場には。
ただ、まあ、家帰っても、また家族、ちょうど、緊急事態宣言の1回目が出てたときで、子どもたちもずっと家にいましたし、えー、なかなか、妻のほうも、濃厚接触者(として)の2週間の隔離(正しくは「外出自粛」)っていうのがあったんですけど、それは解けて仕事も行ってたんですけど、まあ、うつすのが嫌だ、うつす可能性が残ってるのが嫌だったので、じゃあ、またそこから1週間、自分でホテル取って、そこにこう、家族と離れてたんです。
ま、それすると今度、ホテルの人に迷惑掛けるんじゃないかって話になるんですけど、保健所の人に確認すると、「それは、大丈夫です」ということで、何が大丈夫かよく分からないんですけど。「じゃ、『コロナ明けなんですけど』って言ったほうがいいですか」って言ったら、もう「それも言わなくていいです」っていうことなので、ちょっと心苦しいな思いながらも、できるだけホテルの人ともしゃべらずに。えー、1週間も(同じホテルに)入ってたらちょっとこの人――自宅から近いホテルだったので――なんで、そんな1週間もいるんかなと思われてもやだなと思って、3日3日違うホテルに泊まって。
えー、で、7日目にようやく家に帰って、で、家帰ってからもですね、やっぱりなんかちょっとせきとか残ってたのかな、ちょっと覚えてないんですけども。不安は不安で、えー、ベランダにテント張って寝たりしてましたね。とか、ま、そのうち、もう1階のリビングに最終的には自分で寝たりして、どこで線引いたらいいんかが、でも確かに分からなくて。だから、えー、6日間ホテルで自主隔離をして、その後4~5日はなんかそういう。えー、ベランダ寒かったですけどね、4月なんで。まあ、キャンプみたいな感じでちょっと過ごしてましたね。やることないし、まあ、何か楽しいことでもしようと思ってやってたのもあるんですけど。で、えー、5月の1日でちょうど2週間になったんで、そっから、あのー、仕事には復帰してます。
(夜間往診サービスの)アプリを入れたのは、コロナにかかる前なんですが、えー、テレビのニュースなどで取り上げられていて、そういう、病院が開いていないときの時間、いつでも、あの、往診に駆けつけてくれるというアプリというか、まあ、ドクターの集団があるっていうことをテレビでやっていて、これは、例えば自分の両親が、離れて暮らしているんですが、急にドクターを呼びたくなったときにも使えるなと思って、入れていたものです。
で、コロナに関しては、あの、ちゃんとドクターが、すごい防護服を着て、訪ねて来てくださるので、交通機関に乗ってしまうと、自分がもしコロナだったときに、人にうつしてしまう可能性があるので、えー、往診に来ていただけるということで、とてもいいアプリだなと思って、入れていました。
えーとね、病院のほうはですね、不思議なくらい看護婦さんが1日に3回から5回、防護服着替えて入ってきて、熱と血圧だけ測って、あと、サチュレーションっていって、このー、酸素の濃度を測っていって「大丈夫ですか」って聞いて、3分ぐらいしたら全部こう捨てて、感染用のゴミに捨てていくのが…、僕は医者なんで、あの、「ナースコールでこう言ってくれたら、全部やって伝えますよ」って何回か言ったんですけど、「いや、あの、大丈夫ですよ」って。あのー、胸の音、聞いていくんですけど、だいぶ近いじゃないですか、そんなの。いや、この人たちほんと、ねえ、せっかく、せっかくじゃない、あの、しっかりとこう、看護の仕事していただいて、病気の人に対しての…。
あの、分かるんですけども、まあ、そんなの全部してたら、まずその、マスクがないとか、あの、ガウンがないとか言われてましたし、もったいないなっていうのと、そうやって近く寄れば寄るほど、その人たちの感染してしまうリスクも高くなるんで。あのー、確か、それ言い続けて最後のほうは、なんかもう、自分で(記録を)付けて、あの、ナースコールで「だいじょぶです」って、ようやく最後のほう、そういうのがあったかなと思いますね。で、あの、もうできるだけ――熱も、熱が下がってからかな――「もう、訪問する回数減らしてください、何かあったらすぐ連絡しますんで」っていうことで、まあ、あの、対応は減ってきました。
ま、ちょっと、その検温に関しては、あのー、一生懸命、あのー、やっていただいて、ほんと、あのー、ありがたかったんですけど、すごく心配は心配でしたね。
――じゃあその診断されたときの気持ちっていうのは、ど、どんな気持ちでした?
いや、ちょっとやばい、いや、「まさか」やったんで。かなりショックでしたね。もう「うわっちゃー」って、なんか「どうしよう」ってなんかいう感じで。
――その「どうしよう」っていうのは。
ちょっと、びびってしまいましたね、はい。
――何がこう、どうしようって感じなんですかね。その、命に関わるかなとか、そういうことではない?
いや、僕じゃないですよ。僕は別にこんなん、絶対そんなん大丈夫やって思ってたんで、やっぱりその仕事ですよね。「あっちゃー」って、そのー、僕と接しとったお客さんですわ、やっぱ。…ですね。ほんまにこの近々の2週間ぐらいで会うた人とか、「うわー、あっちゃー、どないしよ」ですよね、もしそれ、うん、熱出てきたりしたらっていうんが、一番、うん、重くのしかかってきましたね。
――あ、で、結局その方たちは感染しなかったんですか。
そうなんですよ、陰性やったんですよ。それがもう救いでしたね、一番。はい。
――やっぱ、そこの分かるまでってどんなお気持ちでした?
いや、それはもうちょっとね、コロナとか感染者陽性なったら、すごいちょっとリスクのある人らなんで、いや、もう、とにかく一応、祈るような気持ちでしたね。うん。
――そうですよね、やっぱり。怖いですよね。その、もしそういうことになっていたら、お仕事とかにすごい大きな影響が及んでしまいますよね。
そうですねえ。だからメンタル的に来ますね、一番。もしそれで、もし重篤化とかして入院してしまったら、今も治療が続いとるとかなったら、そうですね、仕事もやけど、なんかメンタル的に来ますね。結構、長いこと付き合ってるお客さん、あ、利用者さんなんで、3名とも、うん。