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インタビュー時年齢:38歳(2021年1月)
感染時期:2020年3月
背景:首都圏在住の女性。新聞記者。夫と長男(当時3歳)と次男(1歳)の子どもの4人暮らし。
勤務先の新聞社で仕事中に嗅覚障害に気づいた。PCR検査を希望したものの発熱がなかったため受けられず、発症から4日目にようやく検査を受け陽性だとわかり、入院できたのは10日目だった。入院後まもなく軽症ということで宿泊療養施設に移ったものの、その日のうちに発熱して病院に戻された。その後は毎日37度台の発熱があり、PCR検査を受けて1度は陰性になったものの再び陽性になってしまい、2回連続陰性になって退院できたのは、入院から2週間後のことだった。
語りの内容
一部の人はやっぱり私が実名で書くって言ってたときに、中傷とか誹謗中傷とかには、お子さんとかそういう子どもへの影響とか、住所がさらされるとか。あんまりそういうの分かんないですけど、私すごいもうずーっと連載とか持っていたので、ある程度、私がどういう経歴で、過去にどんな記事を書いたとか、もう、そんなの調べればすぐ分かるじゃないですか。ていうことで、子ども、写真も出てるんで、その連載には。子育ての連載だったので、だから、お子さんに被害が行くんじゃないかとか、やっぱその誹謗中傷をなんか心配されましたね。
(会社の上司から)誹謗中傷とかも含めてだいじょうぶですかってことはもう最後まで聞かれて、もう記者も15年ぐらいたつんですけど、初めて親に一応、書くっていうことを事前に(伝えた)。もしかしたら、名前も出るし、何て言うんですかね、あの、言っといたほうが(いいかと)。いきなりね、その、書いたことで親がびっくりしちゃうとか、そのやっぱり、こういうことって誰がどう考え、どういうふうに影響受けるか分からない。あとは、お子さんの保育園の先生にも念のため、連絡をして、書きますということを伝えたほうがいいんじゃないのっていうことは言われて。で、そこは、今度はうちの夫の義父母、私の両親も、保育園の先生も異口同音で、もうそれは書くべきなんじゃないですかみたいな、ぜひ書いてくださいかな、もうぜひね、書いて(と)。うちの父親はもう、おまえが書かないで誰が書くんだみたいな。夫の母親は、もうこんな無事に戦い抜いたんだから、もうそれをね、ぜひ大変な思いをした分、ぜひ共有したほうがいいという話を。もう皆さん、やっぱり、私の周りの人間はみんなサポートしてくれるというか、なので。保育園の先生も、別にその、何て言うんですか、「どうぞ、どうぞ」というか。「はい。いいと思います」みたいな。あの、保育園も朝日新聞取ってくれてるんですけど、「楽しみにしています」みたいな。
そうですね、書くと決めたら、もう実名でしかあり得ないと思ったし、書くなら実名しかなくて、私が匿名で書くっていうことは1つは、まあ、ジャーナリストとしてもどうかなと思うのもあるし、例えば偏見の、感染者を責めないようにとか、世間では言うじゃないですか。感染したことが悪いのではないと。でも、私がもし自分のことを隠しながら書いたら、まるで、自分が感染したことを自分で隠したいって思ってるってことを、変なふうに裏付けてしまうじゃないですけど。だから、もう報道というか書くんであれば、もう名前も全部出して、言うしか、書くしかない。で、それがかなわないんだったら、書かない。で、私はもう、書きたいって言ってたし、多くの同僚もそれは書くべきだって言ってくれてたので、最後はその懸念をしてくれていた上司も、もしかしたら誹謗中傷もあるかもしれないけれども、それは、会社としても全面的にバックアップするから、じゃあ頑張ろうみたいな。だから出る前が一番すごく心配されましたね。
インタビュー01
- 私がなるわけないという気持ちがあった。可能な限り在宅勤務していたし、通勤ラッシュや人込みは避けるようにして、マスクもしていたので、感染経路が全くわからない
- 自分の入院中、自宅で待つ夫は子どもをずっと閉じ込めておくわけにもいかず、時間を選び買い物ついでに原っぱで運動させていた。夫も相当追い詰められていたと思う
- かかる時にはどんなに対策をとっていてもかかる。子どもがいる人は、家族内で役割をシミュレーションしておくと家庭内感染を防ぎ、最低限の被害で済むと思う
- その後3カ月くらい下の子は親の姿がみえないと大泣きし、上の子もチック症が出た。小児科で「不安の表れ」といわれたので、叱るのをやめ、いっぱい抱きしめてあげた
- 前日までぴんぴんしていたのにいきなり倦怠感を感じて、食欲もなく、起き上がることもできなくなった。二日酔いや徹夜の時とかとは全く違う、生まれて初めての経験だった
- 発症に気づいたのはアロマオイルを入れた消毒液をひと吹きしてもラベンダーの香りがしなかったから。新聞記者として取材を通して嗅覚・味覚障害が症状の一つと知っていた
- 嗅覚障害だけではPCR検査が受けられなかったが、絶対コロナだと確信して、鋼(はがね)の意思で家族に寄り付かないことにした。それを貫いたおかげで家庭内感染は防げた
- 「ママ病気なんだよ」と説明しても子どもには分からない。「汚いから来ちゃダメ」と、子どもも自分も泣きながらの毎日が繰り返された
- 医師、保健所には否定されたが、取材経験からこの嗅覚異常は間違いなくコロナだと思った。上司に相談して取材活動を控え、自主隔離して経過を見ることにした
- 感染疑いから6日で全身の痛みが始まった。身体の内側から無数の針で刺されているようで、横にもなれず、一番ひどい時にはよつんばいの姿勢でひたすら耐えていた
- 子どものうんちの臭いが分からないというと夫は言葉を失った。鼻をすぐそばに近づけてもわからなかった。嗅覚が戻り子どものおむつの臭いが分かった時は嬉しかった
- 嗅覚障害の専門医にかかり、ドイツで生み出されたスメルトレーニングを受けた。半年~1年かければ多くの人が治るというので、焦らずにやっていきましょうと言われた
- 自分の体験を実名で記事にした。誹謗中傷を心配する人もいたが、匿名にしたら感染は隠すべきものと受け止められると思い、家族や保育園の先生の賛同を得た上で記事を書いた