感染したことを伝える

新型コロナウイルスに感染すると、入院したり、宿泊療養、自宅療養になったりして、一定期間外出ができなくなり、就労・就学などもできなくなります。そうなると当然、周りの人にも影響が及びますので、自ら職場や学校などに感染の事実を伝える必要が出てきます。一方、そうした隔離期間中だけでなく、感染の危険性がなくなって隔離解除になってから、過去の話として誰かに「実は先日コロナに感染しまして…」と話すこともあるでしょう。

ここではインタビューに協力してくださった方々が、感染の事実を第三者にどのように伝えたか、伝えた結果どんなことが起きたのか、伝える相手と時期によってどのような違いがあったのかをご紹介します。また、マスメディアやSNSを通じて不特定多数の人に向けて、自分の体験を発信している人の語りも併せてご紹介します。

感染が分かった時点で伝える

PCR検査で陽性が判明した時点で、保健所から発症前から診断までの行動についての聞き取り調査が行われます。その結果、濃厚接触者とみなされた人には保健所から連絡が行くような仕組みになっていますが、中には保健所の業務がひっ迫する中で詳しい追跡調査が行われず、濃厚接触者はいないと自分で判断して職場に報告しなかったという人もいました。その方の体験については「仕事・職場への影響」インタビュー13をご覧ください。

しかし、インタビューに答えてくださった方の多くは、PCR検査陽性の判定が出た時点で、自ら家族や職場の人、クラスメートなど、濃厚接触したと思われる人に感染の事実を伝えていました。次の女性は仕事上の付き合いで会食をした相手や利用した美容室、子どもたちの学校関係、体調の変化を感じてから診断がつくまでの間にかかった医療機関にも連絡を取っていました。特に子どもの学校への報告は親としての責任であり、きちんと話したことで子どもをいじめから守ってもらえたと話しています。

最近では職場や学校でも感染したり、濃厚接触者になったりした場合の報告の仕方についてマニュアルが出来上がっているところも少なくありませんが、そういうマニュアルがなくても、自分のせいで誰かが感染するのではないか、という不安から自分から連絡を取ったという人は少なくありませんでした。(「感染者の不安と苦悩」のページも参照)

息子が保育園で濃厚接触者になったという女性は、PCR検査の結果息子が陽性だったことを保育園に伝えましたが、保育園からはほかに陽性者がいたかどうかといった状況説明がなく、ママ友同士でも検査結果については話しにくかったと話しています。インフルエンザの流行等による保育園や幼稚園での学級閉鎖は珍しいことではありませんが、コロナ感染については、話題にしにくい空気が漂ってしまうようです。

相手に感染のリスクがある場合や、自分が長期間休むことで仕事に支障が出る場合などは、どうしても相手や周りの人に感染を伝えなくてはならないでしょうが、特にそうした社会的な責任に縛られていないときはどうでしょうか。

例えば同居していない家族や親族、あるいは友人・知人に感染を伝えるかどうかは、相手との親密さにも相手の年齢にもよります。さらには自分自身が感染をどのように捉えているか、誰にでも起こりうることと捉えているか、かかったことに罪悪感を抱いているか、などの心理的な要因も絡んできます。

両親は既に他界しているという男性は唯一の家族である兄に感染を伝えていましたが、高齢の両親を持つ女性は心配をかけないよう、隔離解除になって仕事に戻ってから伝えたと話しています。

次の一人暮らしの女性は自宅近くに弟夫婦が住んでいましたが、コロナに感染したことを伝えると心配するだろうと考え、あえて遠くに住む妹にだけ伝えました。高熱で身動きもできない状況になったときにすら、助けに行こうかと提案されても断ったと話しています。

次の女性は今でこそSNSで自身の体験を発信し、他の人からの相談にも乗っていますが、罹患した当初は自分がコロナにかかったことに罪悪感を抱いて、家族にも話せなかったそうです。しかし、療養中に祖父が亡くなり、葬儀に欠席する理由を言わざるを得なくなって話したところ、家族や親戚から暖かい言葉をもらったことをきっかけにコロナ体験を人に話せるようになりました。

感染させる恐れがなくなってから話す

「もうほかの人への感染の危険はない」として、病院や療養施設を出たり、自宅療養を解かれたりした人たちには、誰かに自分が感染したことを言わなくてはならない社会的責任や義務はありません。ですから、感染したことを伏せておきたいと思ったら伏せておくことができます。けれども、周囲の人にたまたま話の流れで「実は感染してしまって…」と話したとき、どのような反応があるかはなかなか予想がつかないところがあります。実際、私たちのインタビューに協力してくださった方々の中でも、時間が経ってから過去の感染について話したときに、暖かく受け入れられた人と非常に不快な対応をされた人がいました。

救急搬送時になかなか受け入れ先が見つからず、3時間もマンションのエントランスで待機していたという女性は、意外にもマンションの住民にそのことが知られておらず、事実を伝えても差別的な対応をされることはなかったと話しています。

こうした反応の薄さは大都市圏に特有なものなのかもしれませんが、話す相手にもよるようです。次の女性も都市部に暮らしていますが、自分がコロナに感染したことを知って避ける人もいるといい、その対応の仕方にその人の人間性を感じると話しています。

次の女性も地方の都市部に住んでいましたが、回復して2か月も経って訪れたネイルサロンで、あからさまな差別的対応をされたことを話しています。

さらに今回のインタビューでは、明らかに感染のリスクがなくなってから受診した医療機関で診療拒否にあったり、過剰な感染予防策をとることを要求されたりした人がいました。コロナ感染拡大の第1波の頃に親子で感染した次の女性は、退院後およそ3ヵ月経って、かかりつけの小児科に次男を連れて行ったところ、入院していたことを話しただけで診療を拒否されたといいます。

コロナウイルスは、発症前や症状が出始めた直後までは強い感染力を持ちますが、発熱やせきなどの症状が出現した後は急速に感染力が落ちるという特徴があります。そのため、厚労省が2020年8月に出した「退院基準に関するQ&A(2020年8月21日版)」(Q18参照)にも、退院基準を満たした後の患者から診療を求められた場合に「過去に新型コロナウイルス感染症に感染していたことのみを理由に診療を拒否することは、医療機関が患者の診療を拒否する正当な事由があるものとは言えません」と明記されています。前述の女性の子どもに対する診療拒否は、この事務連絡が出る前の出来事でした。

一方、先のネイルサロンで施術を拒否されたという女性も、隔離解除になって宿泊療養施設を出てすぐに、かかりつけの呼吸器科で肺のレントゲン検査を希望したところ、受診に際して感染疑い者に対するような動線分離策とCT検査を受けることを条件とされたと言います。女性はそのような対応に納得できず、法務局に相談しましたが、人権侵害とまではいえないと判断されたそうです。

これは非常に難しい問題です。小児科に子どもを連れて行った女性の場合は退院して2か月以上経ってからの診療拒否でしたが、この女性の場合は隔離解除になったその日に連絡をしています。発症してから10日たって、かつ症状が軽快してから72時間が経過した人は、「ほかの人への感染の危険は極めて少ない」ということで、病院や宿泊療養施設・自宅での隔離から解放されるわけですが、高齢者や基礎疾患のある人も受診する医療機関が慎重を期して、いつもと異なる扱いをすることを「コロナ差別」と言い切るのは難しいところがあります。従って、「感染の危険は極めて低い」ということをきちんと踏まえた上で、両者が納得できる形で話し合う必要があります。
宿泊療養施設にいて医療を受けられなかった患者さんは、本当に自分は大丈夫なのか、この後また具合が悪くなることはないのか、といった不安を抱えています。CT検査についても肺の状態を診る上で医学的に有用だったのかもしれませんが、ようやく医療を受けられると期待した患者さんには、そのことも自分を受診させないために付けられた条件のように感じられたのではないでしょうか。医療機関側にもそうした患者の感情への配慮が求められます。

時間が経っても話せない

インタビューに答えてくださった方々の中には、隔離解除になって感染のリスクがなくなったにもかかわらず、話すことがためらわれる、という人がいました。感染したことを時間が経っても話せない、一番の要因は地域性かもしれません。感染拡大の初期には、都市部か地方かにかかわらず、未知のウイルスに対する不安から各地で差別や偏見にもとづく心無い言動の被害が報告されていましたが、大都市圏でコロナが流行してからは、流行していない地域では外からのウイルスの持ち込みへの恐れが強まり、感染者に対する差別が強まった*とされます。
*新型インフルエンザ等対策有識者会議「偏見・差別とプライバシーに関するワーキンググループこれまでの議論のとりまとめ」2020年11月

私たちのインタビューでも、協力してくださった方の大半が首都圏か関西圏の都市部にお住いの方々でした。地方で感染した方々のお話も伺いたいのですが、なかなか応募していただけないのが実態です。このインタビューに顔を出して話をしてくださっている次の女性も、隔離解除を解かれた子どもを連れて地方の実家に帰るときは家族以外には会わないようにしたと話しています。

しかし、感染について時間が経っても話せないのは、個人が特定されやすい地域の特性ばかりが原因ではなく、やはりコロナ感染そのものが喚起する恐怖が原因になっていることも考えられます。次の男性は、コロナワクチンの接種をしていないことは話せるが、コロナに感染していたことは家族や職場の人以外には話せない、と言っています。

自分の体験を広く発信する

自分の感染体験をなかなか人に話せない人がいる一方で、身近な誰かに話すだけでなく、SNSやマスメディアを通じて広く情報発信している人もいます。次の女性は、米国の記者の感染体験のルポを読み、新聞記者としての使命感から、自分も実名で体験を発信することを決意しました。しかし、感染が広がり始めたばかりの2020年春頃は実名で感染を公表している人は少なく、世間からどのような反応があるかわからない、という不安もあったそうです。

医師であるこちらの男性も風評被害を心配する職場や家族から闘病記の公開を止められましたが、押し切って業界新聞に掲載したところ誹謗中傷はなかったといいます。

こうした不特定多数の人の目に触れるマスメディアではないものの、かなりの数のフォロワーを持つSNSで、実名で発信した人もいました。ジャズバイオリニストとして音楽活動をしている女性は、感染が判明する前後に直接接触のあった人たちだけでなく、広くファンの方やライブハウスの方たちにSNSを通じて「コロナにかかって〇日まで自宅療養です」ということを伝えたそうです。幸いそれに対して多くの方から温かい言葉をかけてもらえて、コロナにかかったことに対する誹謗中傷などはありませんでしたが、仲間のミュージシャンがSNSに彼女と一緒のリハーサル風景を載せていたことで、濃厚接触者に当てはまらなかったにも関わらず、ライブハウスから出演をキャンセルされるという実質的な被害を被ったといいます(「仕事・職場への影響」インタビュー07を参照)。

当初感染したことに対する罪悪感から家族にも話せなかったという女性は、同じように人に話せないで情報を求めている人がたくさんいることに気づき、SNSに匿名で情報を発信し始めました。反応の4割ほどは否定的なものでしたが、それでもテレビのようなマスメディアに自分が顔を出して出演することで、同世代の若者にメッセージを届けられるのではないかと思うようになったと話していました。

2022年3月公開

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