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診断時:28歳
インタビュー時:45歳(2018年5月)
追加インタビュー時:47歳(2020年8月29日)
関東地方在住の女性。夫と二人暮らし。28歳の時にクローン病の診断を受けた。その後大腸の切除手術と胆のうの摘出手術を受け、7年間にわたりエレンタールだけの絶食生活を続けた結果、やっと寛解状態となり食事も始めた。しかし3年ほど前に再燃して、その時はヒュミラも試したが副作用がでて、今はまたエレンタール中心の生活になっている。2020年7月に腹膜炎を起こし、その時の検査で狭窄が見つかり大腸の一部を切除した。薬はエンタイビオを使い始めた。また血球除去療法も行った。
語りの内容
まあ視野が狭くなっちゃうのは私もなっちゃうからしようがないけども、そうなってしまったら、まあ、あの、仲間を増やして気分転換をして…、打ち込める趣味とかがあったら、もう本当に時間を忘れるような打ち込める趣味とかもやってみて、それで嫌な思いを忘れられるのであれば趣味は何でもいいと思うんですよね。
そういう感じで、まあ、患者数もあまり多くないし仲間も探しにくいですけど…、うまく付き合っていっていただけたらなと思います。
―― あの、今、何かそういう患者会とか、そういう活動をされておられるんですか?
今は、あの…、私が趣味で、あの民謡を、歌っているのと、あと、あの組みひもを作っているというので、仲間に入れてもらったところで、IBDクリエイターズプログラムっていうところに所属してまして、あの、絵を描く人、ミュージシャンの人、まあ、とにかく何かクリエイトしている人ですね、あの…、集めて。
で、まあ、IBD、クローン病、潰瘍性大腸炎、まあ、炎症性腸疾患の人が中心になっているんですけども、そういうことで、みんなでつながっていこう、まあ、何かを創り上げていくクローン病とか潰瘍性大腸炎の患者で、もうみんなでつながって、あの、いろんなことをやっていこうっていうふうな、まあ、団体っていうか、まあ、プログラムですよね。
あの、そんなお堅い感じじゃなくって、もう何か、手芸やっている人おいでよって言って、あの、バンド組んでいる人おいでよみたいな感じで、そういうふうな団体に所属をさせていただいております。
インタビュー25
- 内視鏡で見ると腸の中がジュラシック・パークの洞窟のようだったのが7年間の絶食でつるぺたになった。そして食事ができる状態が5年ほど続いた(音声のみ)
- 体調が悪くなるとどんどん視野が狭くなってしまうが、今はSNSも患者会もあるので、同じ病気の人と友達になって視野を広げてほしい。人生における苦労は病気だけではないのだから(音声のみ)
- 「闘病」という言葉を使う人もいるが、クローン病は私のキャラクターだから、私は病気と「共存」というスタンスで、ポジティブクローン病ライフを送っていきたい(音声のみ)
- IBDクリエイターズプログラムというところに所属している。これはIBDで絵を描く人、ミュージシャンなど、何かをクリエイトしている人が集まって繋がっていこうというプログラム(音声のみ)
- 職場での飲み会がある時は事前にエレンタールを飲んでおき、飲み会では大好きなお酒は飲まずにウーロン茶で、他の人にお酌して回り楽しんでいた(音声のみ)
- 当時勤めていた会社では難病で休む人は私がはじめてだったので、会社は社労士や産業医と相談して職務規定を作ってくれたり、会社の理解は有り余るくらいだった(音声のみ)
- 絶食による精神的な影響というのはあまりなかった。絶食中の女子はエステやスキンケアに走る人が多い。また絶食友の会みたいなのを作って、みんなで情報交換などして楽しんでいた(音声のみ)
- 湿疹、不眠などの副作用がでたので、ステロイドを段階的に減らして、ペンタサとエレンタールにした。今は生物学的製剤のヒュミラを試している(音声のみ)
- 27歳のころ、最初潰瘍性大腸炎と診断された時はクローン病じゃなくてよかったと思ったので、その後クローン病と診断が変わった時は突き落とされた感じだった(音声のみ)
- 39度の高熱が出て腹痛があったのでクローンのせいで熱が出たとも思ったが、保健所に電話しクローン病だと伝えたらすぐに大学病院で検査をしてもらえた(音声のみ)
- 術後在宅で療養している時に傷跡からの浸出液を手当てするためのガーゼが、手作りマスクを作るのに最適なものだったので、どこにも売ってなくて探すのが大変だった(音声のみ)
- 2019年の秋頃から現在までエンタイビオを使っている。今は8週間に1度の間隔で使っている(音声のみ)