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診断時:18歳
インタビュー時:40歳(2018年3月)
九州地方在住の男性。一人暮らし。中学1年の時に十二指腸潰瘍と診断されて半年ほど入院したが、後から考えるとその時にクローン病が発症していたのかもしれない。その後18歳の時に下痢、腹痛、体重減少で入院してクローン病の確定診断となった。痔ろうも悪化しており、翌年には早くも双孔性ストーマを造っている。しかしストーマの近くに腸管皮膚瘻(ろう)ができて、今も膿が出ている状態で苦しんでいる。仕事は障害者枠で福祉サービスの仕事をしている。
語りの内容
専門学校のほう2年、在籍さしていただきまして、その後、就職のほうをさしていただきました。ま、就職を機に、あの、一度、福岡に戻ってきまして、3年、3年半、福岡でお仕事をさしていただいた後に2回目の手術っていう形で、また東京のほうで手術をさしていただいたっていう形になりますね。はい。
―― お仕事はやはり、その、臨床検査の関係のお仕事だったんですか。
いや、ええと、家電関係のメーカーのほうで、ま、そこの修理とか、え、サービス部分を、あの、担当してて。ま、事務のほうを、あの、最初、経理事務のほうで、あの、入社しました。
―― それはやはり、あの、障害者枠で、入社されたわけですね。
そうです、はい。
―― そうすると、ま、会社としても、その、病気、ま、あ、通院だとか、そういう具合悪くなったときの対応っていうのはこう、きちんとしていただいた感じですか。
あ、そうですね。ええと、福岡で働いてたときも、その、月に1回東京まで、あの、病院行くこと認めてくださってたので、はい。そのときはもうすごくありがたいと思ってました。はい。
―― それで2度目の手術をした後もあれですか。同じ会社に勤めておられたんですか。
いや、2度目の手術後は、え、東京のほうでもうしばらく、ずっとお仕事のほうをさしていただいておりました。
―― それはどんな仕事をされてたんですか。
あ、そちらは、ええと、ま、そちらも、あの、事務系をさしていただいておりまして。え、ま、事務系と製造系の会社で、あの、働かしていただいておりました。はい。
インタビュー21
- 治療方針については、薬のことや手術のことで主治医と意見が合わないこともあるが、やはり専門医なので従うことになる。セカンドオピニオンも聞いてみたいがまだ実現していない
- 専門学校を卒業してから障害者枠で家電メーカーの経理事務の仕事に就いた。その後東京で事務系の仕事をしていた
- ストーマの貼り換えは中5日くらいでやっている。場所は風呂場で15分くらいでできる。袋にたまった便を出すのは1日に6~7回くらい。今はそれほど不便は感じていない
- 2回目の手術をした後にスキューバダイビングを始めた。ドライスーツというのがあって、これを付ければ水が入ってこないのでストーマを付けていても問題ない
- 1日の必要カロリー1800キロカロリーのうち1500はエネーボでとっているので食事はうどんとかお粥などの消化のいいものに限られていて、肉などはめったに食べない