例えば、デイサービスっていうのはとても遠いので、送迎車の圏外なんで、わたしが送っていかなきゃいけないんですけども、最初は主人がどうしても、自分が運転をすると言ってきかなかったところを、何とか、わたしが運転するように仕向けるのがすごく大変でした。
で、今、その後いろんなやり方をして、今は、わたしの運転で主人が横に乗って行くのができている理由は、その「うちの車はあっちに置いてきちゃった」と。で、「今、ここに、ここにあるのは、借りている車なのよ」と。ほんとは娘のなんですけども。「だから、あの車を返してもらうために、ちょっと一緒に乗って」と言うと、「ああ、どうしたんだ」と、「何で、置いてきちゃったんだよ」って言うから、「あの日、飲み会になっちゃって、わたし運転できないから、置いて帰ったんだ」って。「じゃ、うちの車で運転してもらって帰ればいいのに」と。「いやあ、そうはいかなくて、向こうが、2台あったから」みたいな、いろいろこう理由を言って、説明していたんですね。
今は、また、いろんな理由で、朝、そのわたしの車に乗らずに、主人は、散歩に行きたいところを、ま、「乗って、乗って」っていうときの理由として、「今行けば、きょうは給付金がもらえるから、パパ、サインしてね」と「世帯主のサインがいるから」って言って「しょうがないな、乗るよ」っていうことで、乗ったり、そういう、何か目先の、ささいなトリックに、ちょっと乗っちゃうんですね。あの、かわいそうな気もしちゃうんですけども、でも、そうやって、場所、体を移動してくれることは、かわいそうだけどちょっと助かるっていうのもあるんですけどね。
そういう、すごく手続きとか、とても大事にするほうで、セキュリティとか。あと、交通規則も非常に厳しく守るほうなので、「アルコール飲んだら絶対運転しないよ、僕は運転しないよ」とか言いながら、朝は一生懸命「車に乗る、運転する」つもりで言っていますけども。だから、そういう厳格なところは、今もちゃんと残っていますかね。
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その、もともと1人暮らしで、食事、掃除、洗濯、家事一切を自分で取り仕切っていましたので、あの、買い物とかをしても同じ物を買ってきたりとか、電話で注文するのに、えっと、お酒とか、お茶とか、何度もその、同じ物を注文してしまったりとかっていうことがあって、その対応に、まあ苦慮したことがありました。
でも、それも対処方法として、その、いつも注文していた先に事情を話して、それでそういうトラブルを起こらないようにしています。それでも、たまに何か1人で買い物に行って、最近はないですけども、1人でお買い物に行って、近所の市場に行って、何かを注文してきて後で届けてもらうということがあって、届いた物を見てびっくりするということはあります。
あの、入院中に、私が入院してるときにね、ガス会社から電話が、携帯のほうに電話があって、あの、ガス漏れいうか、そのガス、要は「ガスがつきっぱなしになってますよ」っていうのがあって、ガスストーブ付けっぱなしで忘れてるというのがあったんですよね。それも火の元が心配でいうのがあったんかな。1人で家にいてたら、火事出したら大変やというのが心配があったんが、あれも入院(妻の検査入院)前の話ですね…22年、22年の春ぐらいですかね。…で、それで知らなかったんやけれども、その4月ごろにガス会社から電話あったんですけどね。1、2、3月ぐらいの冬場は、そのガスストーブを使うので、ガスが、ま、4時間、5時間流れっぱなしになってても、異常とは認めないらしいんですよね。ただ、春になって、その3時間も4時間もガスが流れっぱなしの状態っていうのはおかしいからいうことで、通報してくれる、通報システムお願いしてたんで、通報してくれて。ガスが、あの、「出っぱなしなんで強制的に止めておきました」ということで、連絡あったというのがありましたね。……でもう、今は結局、もうガスストーブは使わずにね、電気のエアコンだけにして。
あと、数字が全然駄目ですね。だから、お金の計算も、うん、できないですね。だから、お買い物に行って、よく千円札を出して、お釣りをもらうっていう形で、小銭、小銭のお財布の中に100円玉とか10円玉がいっぱい並んでて、「こんなたくさんあるんや」って。「どうしたんや」言うたら、「いや、千円札でお釣りもらったから」とか言って、そういのを聞くと、もうすごいショックで。「ああ、そうだったんや、時間も読めないし、計算もちょっと難しいんだな」って。
不安ですねえ、1人になってしまったときにですよね。まず、あの、幸いなことに、IHをもうずっと――母も父も(かつての職場が)○○電力なので――入れているので、火の心配がもうまったくないんですけれども。ないんですけれども、帰ってきたときに家があるかなと。まず、橋を渡ったときに、自分の家があるかなっていうのが不安なんですよ。で、あの、まだ燃えてなかったっていうところがあるので。ま、そういう不安はやっぱりどんどん増えていくし…どうなのかな……うん、あとはとんでもないことをしそうな気がする。
その、とんでもないことが何だかわかんないんですけど…。ああ、そうですね。レンジの中に何か電気器具を入れてしまったり、スイッチを押したりとか。今、あの、電子レンジも、たぶんオーブンも使えなくなってきちゃっているので、使わないとは思うんですけど、そういうことをしてしまって命にかかわるような形で、ま、火事ですよね、火事が一番怖いんですけど、そういう不安もありますし、不安が見えないのが不安ですね、はい。
そうしてるうちに、車の運転にも支障が来るようになって。えー、車の運転は結構、あの、(運転の)仕方、ずいぶん前からおかしかったんですね。それはもうほんと、3、4年ぐらい前から、診断される3、4年ぐらい前から車が右寄りになったり、左寄りになったり、スピードが異常に遅かったりとかですね。だけど、その前にちょっと、あの、何ですかね、スピード違反をしていたので、「ああ、彼は多分、気をつけてるのかな」っていうふうに思ってたんですけど、そうではなくて、多分、本人の中では何かこう不安ていうか、距離感とかも何となく変だったんじゃないかなと思うので、多分、右寄り、スピード遅かったりして。
で、ほんと、ある日、決定的なちょっと危険なことがあって、直進車が来ているのに右折をしようとしたり、その後すぐ赤信号で行ってしまったりとかですね。もう、それであの、「ああ、おかしいんだ」っていうことで、うん、仕事にもちょっと変だ、運転もおかしいっていうことで、えー、まあ、ちょっと大きな病院に、かかってということで診断されたんですけども、はい。
その時、ほとんど毎日、病院通いをしてたんで、まだ車の運転も、まだ一応やめさせないで、車の、病院までの運転は常にやってたんで。毎日通い、看病しに通って。あとは、そうですね。あとは自分の病院の通院と、それから…お母さんの看病と、看病しにやっぱ毎日通ってました。で、2003年、診断を受けてちょっと経った頃っていうのは、一番何かあの、波が、精神的に何か波が結構大きな頃で、結構、一番つらかったようで。かといって、看護しに毎日通うことはやめなかったんで、毎日通っていました。
あと、車の運転もそうですね。やっぱりそのころまだやってて。先生がもう、車は、運転はそろそろやめてほしいっていうふうに一応言われたんですけども……。ま、取りあえずはやってました。で、免許証をやっぱり返上したの、やっぱ3年前です。更新のときに更新しなくて、返上しました、免許証も。運転はもうしてなかったんですけども、返上したのは3年前で。
父が、あの、たばこ吸うもんだから、震える手でたばこ吸うでしょう。来るたびに穴穴なんですよ、穴が増えていくばっかり。それで、年寄りだもんだから皮膚かゆがるでしょう、そういうのもあるもんで、木綿製品を使うようにしているから、まだいいんですけど、あれでね、もっと化学(繊維)のもの使ってるとばあっと広がったりするから。畳の焦げがあったりねえ。それで、自分のうちだけですめばいいけど、若い娘さんたち、そこら辺にたくさんいらっしゃるのにね、もし火事になったらね、責任とれないもんね。それがあるからねえ、やっぱり、離れていると心配だったわ。
うーん、で、1回なんか、やっぱりたばこを吸って、あの、父は、水道、流れる水のところにちょっとつけてから捨てるんですよね。自分、水につけたから大丈夫だって頭があるんだけど、それだってね、さっとつけただけじゃね、やっぱり、消えませんもんね。そして、消したつもりでごみ箱に捨てたことがあって。煙出たことがあって、わたしたちたまたまいたんで、分かって、事無きを得たんだけど。ごみ箱からあのまま捨てればね、ちょっと危なかったですよね。で、やっぱり、言っても駄目なのよ、たばこに関しては。ねえ、吸ったのを忘れているから、頻繁に吸うでしょう。で、やっぱり、いらいらするからさらに吸う。うーん、どんどんどんどん本数が増えていくしねえ。「たばこ、吸っている人はねえ、早くに、認知症になる前にやめんならんわねえ」と言いながら、うちの夫もまだ吸っております。言うても聞かんもんで、困っておりますけれども、はい。
それで、お金がやっぱりね、払ったか払わないか分らなくなるんですね。で、あの、例えば新聞屋さんが、集金に来ます。「はーい」って言って父がお金払いますよね。「はあ、ご苦労さんでした」って、戸を閉めて帰って行った。手元に領収書が残る。「何だ、これは」って、「おれ、今、お金払ったんかな」「お父さん、今、払ったんだよ」って「ちゃんと払ってくれたね、ありがとね」って「うん、払ったんか」。また領収書を見る。「何だ、これは」っていうことで。もう、あの、バックの中からね、財布を出したりしまったり、出したりしまったり。それも、結構、早い段階にねえ、いろいろありましたし。さっきの話じゃないけど、おれおれ詐欺も心配なもんですからね。もう、妹たちと話して、最終的には印鑑と通帳をね、預かりましたけれどもね。あと、お見舞金とかきたのはね、できるだけ本人たちに渡すようにしているんですけど。それが袋があるんだけど、中身のお金がないんですよ。もう、さんざん探したんだけど分かんなくて、もう何カ月も経ってから、「え、こんなところにあったの」っていうところにお金がねえ、しまってありましたね。
まあ、あの、ね、社協の人がまあ、週に1回は来てましたもんね、うちへ。はい。それでね、「変わりはないか」とか、「こんな仕事のお手伝いあるけど、どうや」とか。まあ、それより先に、障害者のあれの手続きのときの段取りとか、そんなんでも、もう、先生の何か書類いっぱい要りますやん。何かそれ、うん。そんなんの段取りでも、先生もまあ、ものすごい一生懸命やってくれたりもしてくれたんやけど、それの段取り、その社協の人が全部やってくれて。ヘルパーさんのことでも何でも、うん。もう僕にとって、実際ええんかどうかは別なんですけどね、ええ。いや、やってくれるからもう、ねえ、ありがたい思わなね、罰当たる思いましたからね、そんときは。せやけども、あんな契約を一生懸命しはるっていうのは、はい、すごいです。