最初はそう、病気の予想なんかしてなかったんですが、彼は何か日記に、あの、もしかしたら、あの、こん、字が、あの簡単な漢字が書けないのは、あの、認知症じゃないかって、1行書いてありますね。脳外科医ですから。やっぱりこう、少しはその見当はついてたのかもしれないですね。
わたしなんかは全然分からなくて。あの、たまにちょっと駅の出口を間違えて帰ってきたりとか、たまに暗証番号忘れてお金が下ろせなかったりとか。それから……たまに電話がうまくかけられなかったとか、そういうの見ても、まあ、これぐらいは許容範囲というか。鈍いし、もう予想もしてないことだから、まあ、そんなことなんか、あることだわって感じで、もう全然気はつかなかったですね。
―― その段階から「もしかしたら」って思って、ご主人はそういう1行を日記に残されてると。
ええ、ええ。そうですね。それに、あの、漢字が書けないっていうことが、あの、難しい漢字は、まあパソコンばっかり使ってるから書けないとしても、易しい漢字が書けないっていうことに対して、本人はすごく、あの、いらだちというか、あの、不安を持ってたんじゃないかと思いますね。それで、辞める前は自分の名前も書けなかったですね。