インタビュー時:49歳(2012年10月)
関係:次女(実母を介護)
診断時:実母78歳、次女49歳(インタビュー家族36 の次女)
2011年に実母がレビー小体型認知症と診断を受ける。父・母親と3人暮らし。次女は慢性疾患(線維筋痛症)があり、療養のため仕事を退職した。体調がすぐれない時がある。隣接市の姉夫婦も通い介護をしてくれている。母の希望もあり、近所に病名を伝えたが、受け入れられ、嬉しかった。母は介護認定3で週2日デイサービスに行っている。
プロフィール詳細
N.I.さんは東海地方で両親と3人で暮らしている。持病をもっており、仕事は退職した。実母が2011年にレビー小体型認知症という診断を受けて、介護をしてきた。2007年に母が白内障の手術を受けたが、その後も「きれいに見えない」と言っていた。2009年12月にこれまでずっと続けていた車の運転を「怖いからもうやめる」と言い始める。この頃、隣接する市に住む姉からは、言葉が出にくいなど母親の様子が少しおかしいことを指摘され、病院受診を勧められるが、母は元々うつ傾向があったことから、年齢的なものと判断し受診はしなかった。
その後、感情が不安定になり大声を出したり、物に自分の手を打ち付けたりするようになり、ある日、背を向けていたN.I.さんに背中から殴りかかるなどの暴力を振るう。その際、母親の両腕を正面からつかんで目を見て怒ったが、母親は感情を抑えつけた様子で、言葉では説明できない様なすごい形相でN.I.さんを見つめたまま黙ってしまった。ずっと母親の変化は気になっていたが、その出来事から「やっぱりおかしいんじゃないか」と思い、姉と相談して脳神経外科を2か所受診後、2011年12月に専門医に診てもらう。
診察の結果、レビー小体型認知症であるとことがわかるが、変化に気づいてから受診までに期間があったため、N.I.さんは診断が遅れてしまったのではないかと悔やんでいる。主治医には信頼を寄せており、初診の際は3時間、再診も30分以上診てくれる。現在、母はアリセプトを服用しながら3~4カ月に1回のペースで受診している。主治医とケアマネジャーから病気の事を近所の方には話すように勧められ、N.I.さんは母も含め家族で話し合ったが、すぐには決断できないでいた。1カ月経った頃、母から「病気のことは近所の人に言わなきゃいけないと思うようになった」と告げられる。その母親の判断を信じ、N.I.さんから近所の方に病気について告げたが、「わかっていたよ」とからっと言ってくれ、そのことがとても嬉しく、人の有難みを感じている。
母は視覚障害のためカレンダーの数字が見えない、新聞を読むことができないなど生活に影響が出ており、自立を妨げていることを感じる。排泄もたまにトイレで失敗し、そのことを家人に教えないことがあるため怒るとにっと笑っている。料理もN.I.さんの見守りの中、作っているが、やり方を忘れてしまい、小皿に山盛りに付けたり、味付けがおかしい、みそ汁の具に輪切りのピーマンを種ごと入れる事もある。同居している父親もN.I.さん自身も慢性疾患を抱えているため体調がすぐれない時もあり、状況に合わせながら家事と介護のペースを考えている。
その後、感情が不安定になり大声を出したり、物に自分の手を打ち付けたりするようになり、ある日、背を向けていたN.I.さんに背中から殴りかかるなどの暴力を振るう。その際、母親の両腕を正面からつかんで目を見て怒ったが、母親は感情を抑えつけた様子で、言葉では説明できない様なすごい形相でN.I.さんを見つめたまま黙ってしまった。ずっと母親の変化は気になっていたが、その出来事から「やっぱりおかしいんじゃないか」と思い、姉と相談して脳神経外科を2か所受診後、2011年12月に専門医に診てもらう。
診察の結果、レビー小体型認知症であるとことがわかるが、変化に気づいてから受診までに期間があったため、N.I.さんは診断が遅れてしまったのではないかと悔やんでいる。主治医には信頼を寄せており、初診の際は3時間、再診も30分以上診てくれる。現在、母はアリセプトを服用しながら3~4カ月に1回のペースで受診している。主治医とケアマネジャーから病気の事を近所の方には話すように勧められ、N.I.さんは母も含め家族で話し合ったが、すぐには決断できないでいた。1カ月経った頃、母から「病気のことは近所の人に言わなきゃいけないと思うようになった」と告げられる。その母親の判断を信じ、N.I.さんから近所の方に病気について告げたが、「わかっていたよ」とからっと言ってくれ、そのことがとても嬉しく、人の有難みを感じている。
母は視覚障害のためカレンダーの数字が見えない、新聞を読むことができないなど生活に影響が出ており、自立を妨げていることを感じる。排泄もたまにトイレで失敗し、そのことを家人に教えないことがあるため怒るとにっと笑っている。料理もN.I.さんの見守りの中、作っているが、やり方を忘れてしまい、小皿に山盛りに付けたり、味付けがおかしい、みそ汁の具に輪切りのピーマンを種ごと入れる事もある。同居している父親もN.I.さん自身も慢性疾患を抱えているため体調がすぐれない時もあり、状況に合わせながら家事と介護のペースを考えている。
インタビュー家族35
- 診断の1年半くらい前から母は怒りっぽくなっていたが、あるときものすごい形相で後ろから殴りかかってきたことが気にかかり、専門家に診てもらうことになった(音声のみ)
- 医師は老人性のうつも疑ったが、CTで脳の萎縮がかなり進んでいることが分かり、これはうつではなくレビー小体型認知症だと診断した(音声のみ)
- 薬についてはいろんな考えの先生がいて、前の病院ではパッチ剤やアリセプト5ミリが処方されていたが、今の主治医は「アリセプト10ミリでもいいぐらい」と言っている(音声のみ)
- たくさんの食材を使って調理しようとすると疲れて座りこんでしまうこともあるが、夫にきちんと食べさせなくてはいけないという役割意識は強い(音声のみ)
- 母は、家族が認知症と気づく前に突然「車の運転が怖いのでもうやめる」と言い出した。これまで車で出かけていろんな楽しみを見つけていたのになぜだろうと思った(音声のみ)
- 母は手洗いで粗相をしても後始末をせず、黙って寝てしまう。「後始末をしたくないと言っても責めないから」と言ったら、失敗したことを言うようになった(音声のみ)
- 母の病気を近所の女性に伝えると、「わかっとるよ、うちのおじいさんもそうだよ」とからっと受けとめてくれ、それがとってもうれしかった(音声のみ)
- 母は感情表現が控えめで、診断名がついても自分で受け止めているようだった。その母が「死にたい」と言ったことがあり、母の気持ちをさぐるような会話を心がけるようにした(音声のみ)
- ご近所に母の病気を伝えるように医師やケアマネから言われた。レビー小体型認知症をどう説明するか悩んだが、「病名とよろしくお願いしますだけ伝えればいい」と教わった(音声のみ)