認知症特有の行動・心理症状(BPSD:Behavioral Psychological Symptoms of Dementia、詳しくは「対応に困る行動・言動」を参照)の中でも、代表的なものが外出をめぐるトラブル、いわゆる「徘徊(以下、ひとり歩き)」と呼ばれる行動です。もちろん本人は何らかの目的があって歩き始めて迷ってしまったり、何かじっとしていられないような理由があって歩き回ったりしています。2015年頃から「目的もなくさまよう、あてもなく、うろうろと歩きまわる」という意味の「徘徊」は相手を下に見ているニュアンスがあり、認知症の人に対する誤解や偏見を招く」という問題提起が起こりました。その後、検討の結果「ひとり歩き」などに言い換える自治体が増えてきています。厚生労働省も、近年、文書や口頭で「ひとり歩き」を使っており、福祉や医療現場でも本人や家族とのやりとりの場面などでは浸透してきています。一方、警察に届け出のあった認知症の行方不明者が増加しており、『徘徊』の方が行方不明だという緊急性が伝わるという意見もあります。このような中、本サイトでは認知症の人の目的行動に添った心を痛めない言葉として、「徘徊」を状況に応じて「ひとり歩き」や「散歩」などと表現することにしました。
(注) 2010年からインタビューを実施してきており、当時のインタビュイーが「徘徊」という言葉を使用されている場合には、そのまま「徘徊」を使用しています。
「ひとり歩き」は、事故や過労・脱水による衰弱など、自他に対する危害の心配もありますので、介護する人は目が離せず、身体的にも精神的にも負担の大きいものです。ここでは、「外出して帰ってこない人」を見守る家族の語りを紹介します。
なぜ歩きまわるのか?
「ひとり歩き」の根底には、意識障害や認知機能障害があり、自分がいる場所・時間の見当がつかなくなり(見当識障害)、これが長年の生活習慣や職業習慣と結びついて、いろいろなパターンの「徘徊」を引き起こします。ストレスや不安・緊張などが加わると、その傾向は一層強くなります。私たちのインタビューでは、食事の支度のために「自分の家」に帰るというはっきりした目的意識を持って外に出て行く母親や、自分の故郷やデイサービスの方向に向かって歩き出してしまう父親について、介護する家族たちは次のように語っていました。
夜中の一人歩きについては、特に理由もなく朦朧として歩きだしてしまうというケースもあれば、あるレビー小体型認知症の人のように自分が見ている幻覚に対処しようとして行動しているケースもありました。
※意識が混濁して、幻覚を見たり錯覚を起こしたりして、言動に一時的な混乱が見られる状態をいいます
本人はあくまで散歩に出かけたつもりで、記憶や空間認知の障害のために道がわからなくなって帰って来られないという、「ひとり歩き」というよりは「迷子」といったほうがいいケースもある一方で、目的地には迷わずに行けるが時間の感覚がおかしくて、同じところに何度も出向くケースもあるようです。前頭側頭型認知症の人では、駅に家族を迎えに行く、あるいはフライドチキンを買いに行くといったはっきりした目的があるのに、帰宅時間ではない時間帯やチキンを販売していない時間帯に出かけて行って、目的が達せられずに何度も家との間を往復するというエピソードが語られていました。
「ひとり歩き」への対応
このように外に出て行きたがる人たちに対して、どのように対応するかというのも、家族の生活環境によってまちまちです。出て行こうとする本人の気が済むまで一緒に歩いて、また家に帰ってくることができれば理想的ですが、そろそろ帰ろうと言っても本人がなかなか言うことを聞いてくれないこともあります。娘が連れ戻そうとしてもいうことを聞かないというアルツハイマー型認知症の母親は、顔見知りの人から声をかけられると素直に帰るのだそうで、娘さんは上手に周囲の人たちの手助けを得ながら、母の一人歩きにつき合っていました。また、レビー小体型認知症の人はせん妄状態のときは元気よく歩くのですが、しばらくして我に返ると急に体の力が抜けて倒れてしまうことがあります。突然歩けなくなった父親を抱えて当惑した経験について娘さんが語っています。
しかし、このように本人の様子を見ながら外出につきあえる人ばかりではなく、多くの場合、四六時中そばについては居られないからと、認知症の人が一人では出られないように家の鍵を工夫したり、出て行ったことが分かるようにドアにセンサーをつけたりしていました。さらに行方がわからなくなってしまった時に探しに行けるよう、認知症の人にGPS装置やGPS機能が付いた携帯電話を持ってもらうようにしている人も複数いました。
外出衝動が激しくGPS装置も外して出て行ってしまう父のために一時は介護離職に追い込まれたという次の女性は、様々な工夫を凝らして対策をとっていました。
多くの家族が、一人で出かけて戻らない認知症の人を自分たちで探しきれずに警察に捜索を依頼したり、警察から保護しているという連絡を貰って迎えに行ったり、という経験について語っていました。日中はほとんど迷うことがないピック病の夫が、夜の散歩に出かけて戻れなくなり、警察の大々的な捜索の末見つかったときの気持ちについて、その妻は次の様に語っています。
この女性はこのあと夫にGPS装置を持ってもらったのですが、電池が切れていることに気づかず、また遠くまで歩いてしまった時に見つけられなくなって、再び警察に協力を要請せざるを得ませんでした。こうした経験の末、一人での外出を止めるのに一番効果的だったのは、セキュリティ意識の強い夫に「家の鍵が見つからないので誰かが家に残っていないと」とお願いして、自発的に家にとどまってもらう方法だったといいます。
これはある意味では「出て行きたい」という衝動を上回る目的意識を認知症の人が持ったことで、ひとり歩きが抑えられた例とも言えます。同様にレビー小体型認知症の父親の「ひとり歩き」が治まったのは、デイサービスに行くようになってそこに自分の存在価値を見出すことができたからではないか、と介護をしてきた娘さんが分析しています。
2021年6月更新
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