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診断時:51歳
インタビュー時:61歳(2016年2月)

システムエンジニアとして仕事に追われる中、1987年に体調不良で休職。その後、休職と異動を繰り返すうち、2005年配送先で道に迷う、台車を置き忘れるなどが増え、精神科でアルツハイマー型認知症と診断された。当初は、認知症に対する誤解と偏見から絶望の日々を送っていたが、今は、認知症は不便であっても不幸ではないと思える。講演活動や当事者会の活動を積極的に行う。2015年、61歳を機に、ケアハウスに転居するも、iPadなどのIT機器を生かし単身生活を続けている。クリスチャン。

語りの内容

――糖尿病になられたのは、その、いつぐらいからですか?

えーっとー、50前だから、んふ、えー、あー、もう12、3年前です。

――12、3年前。

はい。で、そのときは、あの、薬を飲んでて、インシュリンは打ってなかったんですけど、んん。5、6年前からインシュリンを打つようになりました。

――やっぱり管理は大変ですか?

大変ですよ。やはりあのー、認知症にならないためには、生活習慣病を防げば認知症のリスクは非常に少なくなります。だから、アルツハイマーになりたくなければ、あのー、糖尿病とかそういう余病を起こさないように、生活習慣の改善することが大切だと思います。

――はい。何か具体的にやってらっしゃることってありますか?

えーっとー、夏場は一応1日7千歩を目標に、んー、歩いております。で、それも、あのー、えーと、ドコモのらくらくホンで、毎日の歩数が表示されて、1週間のグラフも出るし、それの1週間の月別の実績もできますので、一応、おー、調子のいいときは25万歩くらい月にいきます。はい。調子が悪いと、こー、今月、先月は10万歩でした、(1日)3千歩でした。

――記録をしっかりつけるタイプの人だったんですか。

はい、そうです。あ、記録は認知症になってから記録をとるように、日記も書くようになりました。あとは何もとってませんでした。全部認知症になってから生活改善をしました。

――といいますと、それまでの生活は結構その、規則、不規則な。

不規則な。システムエンジニアでしたので、不規則な生活でした。はい。

私は: です。

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