日常生活を営む上で普通に行っている排泄 ・ 入浴 ・ 食事 ・ 睡眠 などの行為が認知機能の低下に伴い難しくなる場合があります。それまでは自分の身の回りのことができていた成人がそれらの行為をできなくなっていくことには、本人も周囲も動揺し、しばしば大きなストレスにつながります。ここではそうした日常生活を営む上での困難と対処についての語りを紹介します。
排尿・排便にまつわるトラブル
不安等で落ち着かない様子や乱暴な振舞いと並んで、介護をする側が苦労するのが、排尿・排便にまつわるトラブルです。認知症がなくても、高齢者は括約筋が弱くなっており、薬の副作用などで便が緩くなっていることも多く、トイレに間に合わないことがよくあります。比較的若い人でも脳梗塞などの後遺症で、尿失禁や便失禁などの症状が出ることもあります。そうした排泄関係の失敗は、失敗したことに本人が気づかなかったり、気づいていてもきちんと後始末できなかったりするときに、周囲の人との間に摩擦を生じることになります。尿失禁や便失禁を「問題行動」と受けとめるかどうかは、介護をする側の排泄物に対する意識や心理のありようにも左右されます。
次の女性は、脳梗塞の後に認知症となった父の尿失禁について、自分は「濡れてたって、臭くたって死なないし」と思えたが、神経質な母にはそれが耐えられず、父としょっちゅう喧嘩をしていたと話しています。さらには、強烈な臭いで味覚障害になってしまったという介護者もいました。
次の女性は、前頭側頭型の夫が便を引き出しや加湿器の隙間に丹念に詰め込むのは、自分の行為を隠そうとしているのではなく、単に汚いものを見えないところに始末しているだけではないかと、理解するようになったそうです。
また、アルツハイマー型認知症の義母の失禁に悩まされたという別の女性は、友人から失禁しても「こんなところで…」と思うのではなく「そう来たか」と思えばいい、というアドバイスを受けたことを話しています。
認知症の人がトイレではないところで用を足してしまう原因には、移動や衣服を脱ぐのに時間がかかって間に合わなくなってしまうことや、空間認知の障害があってトイレの場所がわからなくなってしまうことなどがあります。私たちのインタビューではトイレと浴室を間違えてしまうというエピソードが複数語られていました。また、おむつや紙パンツにしていても、着けたまま排泄することに抵抗があって、トイレにたどり着いていなくても、脱いで用を足してしまう、ということもよくあるようです。
認知症の人が排泄の失敗に気づいていながら何もしないのは、後始末の仕方がわからない場合もあるでしょうし、恥ずかしくて言えなかったり、叱られるのが怖かったりする場合もあるでしょう。自分で何とか解決しようとして、汚れた布団やシーツを浴槽につけてしまったりすると、結果的には家族の仕事が増えてしまうのですが、そうした認知症の人の心の動きが汲み取れると、家族のイライラが多少軽減されるはずです。
次の女性は、前頭側頭型の夫が便を引き出しや加湿器の隙間に丹念に詰め込むのは、自分の行為を隠そうとしているのではなく、単に汚いものを見えないところに始末しているだけではないかと、理解するようになったそうです。
寒いときに外出していて我慢しきれなくなって漏らしてしまう、というのであれば家族も納得できるのですが、家にいるときにいきなり「出た」といわれると家族はつい怒りを爆発させてしまいます。しかし、本人は失禁したことをそれほどおおごとだとは思っていない、という可能性もあるのです。
入浴・着替えの拒否
前頭側頭型認知症の一種であるピック病の診断を受けている男性は、排尿・排便のトラブルはなかったのですが、身体衛生に関心がなくなってしまい、2年間もお風呂に入らず、歯磨き、ひげそりもせず、洋服も着替えようとしなかったことを、妻である女性が語っています。
食べることに関連した変化:過食・偏食・異食
一方、壁土・石・毛髪・糞など通常は食欲の対象にならないものを手当たり次第口にすることを「異食症」と言い、統合失調症や認知症の人にときどき見られる症状の一つです。私たちのインタビューでは、前頭側頭型認知症の男性の家族が、夜中に冷蔵庫の生肉や、柔軟剤やタワシも口にしていたようだったと話しています(「前頭側頭型認知症に特徴的な症状」のページの「食の嗜好変化やこだわり 」を参照)。また、正常圧水頭症の夫を介護する女性が、夫が木工用ボンドを口に入れたと言うエピソードを語っていましたが、これは一度限りの出来事でした。
若年性認知症の父が食事の時間が少しでも遅れると怒りだし、それがしょっちゅう取っ組み合いの喧嘩に発展すると話していた女性は、糖尿病があるのにアンパンを3つも一気に食べてしまうので、また倒れるのではないかと心配していました。80代の認知症の妻の食事の世話をしている男性は、自分で買ってきた食べ物でもちょっと口をつけては残してしまう、と話しています。
※高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病では動脈硬化が進んだり、血栓ができやすくなったりして脳梗塞のリスクが高まります。再発の予防にはこれら生活習慣病の管理が大事です。
前頭側頭型認知症の人に特徴的なのが同じ食べ物を食べ続けることと味覚の好みの変化です。それまでは薄味を好んでいたのに、脂っこいものや塩辛いもの、甘いものを好むようになったり、アルコールやたばこを大量に摂取するようになったりします。私たちのインタビューでも、飲酒がきっかけで検査入院して、前頭側頭型認知症の診断を受けた女性がいました。介護者である夫は、妻が日本酒のパックを台所の流しの下に入れて、コップに入れてビールを飲むようにぐいぐいと飲んでいた、と話していました。
前頭側頭型認知症の一種であるピック病の夫の介護をしている女性は、かなり詳しく夫の嗜好の変化について話しています。最初は何にでもポン酢をかけて食べるようになり(インタビュー家族31 を参照)、その後サバの味噌煮缶を毎日食べるようになったそうです。お気に入りの食品はさらにコンビニのおでん、スーパーのお寿司などと移り変わり、症状が進行するにつれて変化の幅が小さくなって、毎日ビールを飲んでフライドチキンを食べることに執着するようになったということです。
ただ、この男性の場合、こだわりは食べ物の味へのこだわりではなかったようで、フライドチキンの箱に手作りのお弁当を入れたり、ビールの缶に水を入れたりすれば、本人は満足するのでした。妻はこうした夫の状態について、常に何かを口に当てていたいという、一種の反射のようなものではないかと話しています。
睡眠時のトラブル
認知症の人に睡眠時のトラブルがあると介護者は休息を取ることができず、疲弊してしまいます。時間認知に障害がある妻が夜寝付けないと布団を引っ張るので、なかなか眠れないと80代の夫が話しています。レビー小体型認知症の父とアルツハイマー型認知症の母の両方を同時に介護していた女性は、夜中に父が母を車いすに乗せて真っ暗な部屋の中をぐるぐる回っているのを見て、途方に暮れたことを話していました。この女性の母親は昼夜が逆転していて、夜中に起きようとして転倒することも多く、ベッドに戻そうとしているところに、父親がせん妄状態で入ってくる、というような状況が頻繁に起きていたそうで、2人を見送ったいま、当時を振り返ってみると、いつも「何という世界にいるんだろう、私は」と思っていた、と話していました。
睡眠にまつわるエピソードは、こうした認知機能の低下による時間感覚のずれが原因になっているものと、レビー小体型認知症の人に特徴的な、眠っているときに大声を出したり、暴れたりする「レム睡眠障害」(インタビュー家族33 を参照)によるもの、さらには瀕尿が原因となっているものもありました。脳血管性の認知症の父親を介護していた男性は、一晩に20回を超す排泄介助で疲労困憊してしまったことが、有料老人ホームへの入所を考えたきっかけの一つだったそうです。
2021年7月更新
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