「認知症」というとまず思い浮かべるのが「アルツハイマー病」ですが、広い意味での認知症に対してアルツハイマー型認知症が占める割合は50%~60%と言われています。そのほかに、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症、正常圧水頭症などの、さまざまな種類の認知症があり、それらが合併する混合型の認知症もあります。それぞれが全体に占める割合については研究者によって意見が分かれており、脳血管性認知症がアルツハイマーの次に多いという人もいれば、レビー小体型認知症のほうが多いという人もいます。大事なことは、こうした認知症の種類によって、症状もケアの仕方も大きく異なるため、正しい診断を得る必要があるということです。
次の女性は、脳出血で倒れた後、次第に認知症の症状が出てきていた父を、がんになった母に代わって介護するようになって、改めてアルツハイマー型認知症以外の認知症もあることを知ったと語っています。
アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症
脳血管性認知症とアルツハイマー型認知症とは合併してみられることも多く、そうなると症状も区別しにくいのですが、両親が異なるタイプの認知症を患っているという女性は、同じ認知症でも症状は全然違うので、ケアするときの言葉使いにも気を遣う必要があると語っています。
脳梗塞や脳出血が原因で脳の機能が低下していく脳血管性認知症の場合は、障害された部位によって症状の出方が違ってきます。記憶力が低下していても、理解力や判断力、人格は保たれていることもあるのが特徴的です。冒頭に紹介した女性が介護している脳血管性認知症の父親は、脳梗塞の発作の前のことはよく覚えていましたが、その後に起こったことを覚えていられなくなっていました。
さらにこの女性は医師から症状の進行の仕方もアルツハイマー型認知症とは違うという説明を受けたと話しています。
レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症
アルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞が異常なたんぱく質の沈着等が原因で変化し萎縮していていく「変性性認知症」です。レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症も同じ「変性性認知症」の一種ですが、それぞれアルツハイマー型認知症とは大きく異なる特徴的な症状があります。レビー小体型認知症の父とアルツハイマー型認知症の母を看取った女性は次のように語っています。
レビー小体型認知症は大脳皮質に「レビー小体」と呼ばれる異常なタンパク質のかたまりが現れる病気で、しばしば認知機能が低下する前の初期症状として、実際には存在していないものが見える「幻視」が起こります。
幻視は小さな虫のようなものから、小動物、子ども、さらには攻撃的な猛獣や悪者など、人によって見えるものは様々です。もう一人のレビー小体型認知症の家族は、150人もの見知らぬ人たちで家じゅうが埋まっていると訴えたり、階段や壁が滑り落ちてくるように見えて階段の途中で「わああ」と叫びながら立ちすくんでしまったりする夫に、最初は途方に暮れたと話していました(幻視に対する対応については、「レビー小体型認知症に特徴的な症状:幻覚・替え玉妄想・認知機能の変動」 の項をご覧ください)。
幻視はレビー小体型認知症の方では初期のうちからよく見られる症状ですが、今回インタビューに協力してくださったレビー小体認知症の家族の方全員が幻視の症状があったと話していたわけではありません。また逆に幻視があればレビー小体型認知症だということにもなりません。たとえば次の女性の父親は専門医を受診してアルツハイマー型認知症と診断されることになるのですが、父を受診させる決心がついたのは、本人が幻覚を見ているらしいと気付いたときだったと話しています。
レビー小体型認知症のもう一つの特徴は「パーキンソン症状」と呼ばれるもので、筋肉がこわばって動きが鈍くなったり、硬直してしまったりします。手足が震える、姿勢が前かがみで猫背になる、とても小さな声しか出なくなるといった症状もあります。60代後半にレビー小体型認知症を発症した女性の夫は、もの忘れよりもものを取り落すことが目につくようになったと言います。
このほかにレビー小体型認知症の人に多いのは、眠っているときに叫んだり暴れたりする「レム睡眠行動障害」 ( インタビュー家族33 を参照) です。さらに、一日のうちでも症状が良くなったり悪くなったりする(日内変動が大きい)、たびたび意識を失う、といったこともこの病気の特徴とされています。薬物に過敏に反応する傾向があるため、治療に関してもアルツハイマー型認知症とは違った対応が必要になります。このことは「薬物療法」のページで詳しく触れています。
前頭側頭葉変性症
前頭葉と側頭葉は脳の4割を占める重要な器官です。前頭葉は思考や感情の表現、判断をコントロールするため、人格や理性的な行動、社会性に大きく関ります。一方側頭葉は、言葉の理解、聴覚、味覚のほか、記憶や感情を司り、どちらも重要な働きを担っているので、機能低下による影響は甚大です。前頭側頭葉変性症にもいくつかのタイプがありますが、行動に異変が見られるタイプと言葉の症状が目立つタイプに大別されます。前者の行動に異変が見られる前頭側頭型認知症の代表的なものが「ピック病」と呼ばれており、比較的若い年齢での発症が多いとされています。(「前頭側頭型認知症に特徴的な症状」を参照)
58歳でピック病の診断を受けた夫を介護する女性は、ガーデニングで地域を盛り上げようと花の会を作って活動してきた社交的な夫が独善的になり、ごみ出しの規則違反者に対する抗議をどんどんエスカレートさせて迷惑防止条例に触れるまでに到った経緯について語っています。
こうした行動の背景には自己抑制が効かなくなっているということに加えて、他人の気持ちを慮ったり、感情移入したりすることができなくなっている、「感情鈍麻」という症状も影響していると思われます。この男性は、自分の父が危篤の時も自分の受験勉強を優先し、妻の父が亡くなったときも「自分は散歩に行く」と言って通夜にも葬式にも出ませんでした。
病気が進むにつれ行動に異変が現れ、万引きや痴漢などの軽犯罪につながっていくことがあります。この男性の場合は、コンビニなどのトイレからトイレットペーパーを持って来てしまう、という「脱抑制行動」が現れました。さらにこの病気に特徴的なのは毎日同じ道順で散歩をしたり、同じものを食べたり、といった「常同行動」が見られることがあることです。この男性の場合は毎日散歩に行ってはフライドチキンを買ってくるのが日課になっていました。
前頭側頭型認知症の場合もまた薬物療法に対する反応が、アルツハイマー型認知症の人とはとても違うので、治療に際しては注意が必要です。
言葉の症状が目立つタイプには、言葉の意味が分からなくなる「意味性認知症」があり、「ピック病」同様に前頭側頭葉変性症として指定難病*となっています。ある男性は、人格変化や行動面の変化に加え失語の症状がみられました。道の名前がわかってもどうやって行くのかが分からなかったり、認知症と診断名を告げたときにも、「そうか、認知の症か」と答え、妻はそれを聞いて、何もわかっていないんだなと思ったそうです。
*治療方法が確立しておらず、長期の療養を必要とすることで大きな経済的負担を強いられることから、国が医療費助成制度の対象としている難病を指します。
前頭側頭型認知症ではレビー小体型認知症同様に、早期の段階では記憶障害はあまり目立たず、会話も比較的普通にできるため、接していて違和感を抱かれることはあまりありません。更にレビー小体型認知症のような空間を認識する機能の低下や幻覚、妄想もほとんど見られないことから、重症化するまで道に迷うこともなく、障害があるように見えません。また、今がいつで、自分がどこにいるかがわからないといった見当識の障害もあまり見られないことから、先の失語の見られた男性は、自宅の建て替えの際、仮住まいでも新居でもトイレに迷うことはありませんでした。
その他の認知症(正常圧水頭症など)
認知症はここまで見てきたような変性性認知症や脳血管性認知症だけではありません。脳腫瘍や感染症、頭部の外傷や脳挫傷などが原因となる認知症もあります。さらに甲状腺機能低下症、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫といった、別の病気が原因で認知症になる場合もあります。その場合は、認知症症状の原因となっている病気を治療することで、改善がみられることもありますので、正しい診断を得ることが重要になってきます。
私たちのインタビューでは、90代の正常圧水頭症の夫を介護する女性にお話を伺うことができました。正常圧水頭症で特徴的なのが、少し足が開き気味で歩く、小股でよちよち歩く、すり足になるなどの歩行障害と、頻尿や尿失禁などトイレのトラブルですが、この女性は夫の歩き方の異常を医師に指摘されても、自分には普通に見えたと言います。毎日一緒に過ごしている家族は、少しずつ歩き方に変化が表れていても気づきにくいのかもしれません。
正常圧水頭症は、何らかの理由で髄液の循環・吸収が障害された結果、脳が圧迫されて症状が起こる病気です。したがって、手術でシャントと呼ばれる細いチューブを体内に埋め込んで、溜まった髄液をうまく体のほかの部分に流せるようにすれば、症状は高い確率で改善されます。他の認知症と違って「治療しうる認知症」ですので、高齢だから物忘れをするのだろうと決めつけず、正常圧水頭症を疑ってみることも大事です。診断には画像検査や髄液排除試験(タップテスト)が行なわれます。この男性の場合は、認知症本人の希望と年齢を考慮して、手術は受けないことにしたそうですが、最近では80代、90代の超高齢者への手術も行われています。
混合型認知症とは?
こうした異なる認知症のタイプが合併することも多々あります。混合型認知症と言えば、最も多いのはアルツハイマー型認知症と脳血管性認知症が合併しているものですが、前頭側頭型認知症やレビー小体型認知症が、これらの認知症と合併することもあります。ただ、「混合型かどうか」というのは、あくまでも病理学的な概念なので、画像診断だけで確実なことがわかるわけではなく、実際に脳を解剖してみなければ何と何がどのように混合しているのかはわかりません。的確な治療とケアのためには正しい診断が大事であることは言うまでもありませんが、それぞれの症状は互いに似ている部分もありますから、臨床的に診断するのは必ずしも簡単ではありません。レビー小体型認知症の家族会の代表を務める女性は、その難しさについて次のように語っています。この女性の父親は、最初の診断名は脳血管性認知症で、レビー小体型認知症と診断されるまでに2年もかかっていました ( 「診断されたときの気持ち(家族介護者)」の「アルツハイマー型以外の認知症という診断を受けたとき」 を参照)。
2021年7月更新
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