この子が(産まれる)破水する日まで働いてて(笑)。
仕事終わって、そのまま夜破水しちゃったんですけど。
そこから何のあいさつもせずに入院しちゃったので(笑)。
でも、もちろん復帰するつもりでいて。
当時って育休がマックス1年しか取れない、今3年ぐらい取れるじゃないですか。
でもそのとき1年しか取れなかったので、1年たつ頃に、私一応、市役所の保育課に行ったんです。保育園探すところ。
こういう子が入れるとこ、あまりにもうち(ケアが)あり過ぎて、(保育園)ありますかって言ったら、ありませんって。
で、「お母さん」って言って、「こういう子はおうちでお母さんの愛情の下で育つのが一番幸せなんですよ」って言われたときに、ふうん、そうなんだと思って(笑)。
ちょっとびっくりしちゃって。そういうふうに言われて。あー、そうなんだと思って。
この人は、自分の子に障害があったら同じことを思うのかなって思いもあって、もやもやしながら、取りあえずは無理なんだなと思って、一回退職しました。今の職場を。
――じゃ、育休を1年取って。
取って、そのまま預け先がないので、退職しますって言って退職して。
ただ、ずっと病院の付き添いをして、もう全然病院から出られない生活とかをしてる中で、もちろんこの子の母親として過ごすのも楽しかったんですけれども、ずっと悶々としてて。
何とかちゃんママだけの自分だったので、やっぱちょっと働きたいなって思って。
看護師だったので、派遣のバイトってあるじゃないですか。本当に短時間からで。
で、明日この仕事入れますかって電話が来て、明日入れますとか、そんな感じのすごく融通が効く、あ、明日は無理ですとかいう感じの仕事をして。
で、それで少しずつ、調子がいいときとか行き始めて。
で、ちょうどこの子が7歳のとき、2011年に復帰した感じです。正社員で。
少しずつ回数とかを増やしてって。はい。
――例えば午前中2時間来れますかって言われたときに、その2時間はどういうふうにやり繰りをするんですか。
家族だったりとか、大体、夜勤から始めたし。
当直のバイトだったりとか、昼間の半日からとか徐々に始めてって。
でも、家族に協力してもらって、時間作らせてもらって、行きました。
――それはパパさんだったり、お母さん。
そうですね。
――仕事復帰してから、パートタイムに復帰してから、もっと仕事したいみたいな気持ちに変わりましたか。
そうですね。仕事は仕事の大変さがあるんですけど、ずっと24時間子どもと向き合ってるよりかは…。
私の中では、健常な子であろうと障害のある子であろうと、子どもは好きなんですけど、お兄ちゃんのときも職場復帰してるので。
それとこれは別で。
仕事をガッとして、子育ては子育てでガッと向き合うっていう生活のほうが、多分合ってたのかな。