年別アーカイブ: 2023年

医療的ケア児の家族の語り

普通学校に入学したが、2年生の終わりに吸引や休憩は待機室で行うよう言われ、悔しくて学校に行けなくなり支援学校に転校した

2年生の終わり、3月31日に離任式って学校の先生のお別れ会がある。
その日に学校に行ったときに、帰りに校長室に呼ばれてですね。私と娘、呼ばれて行ったんです。
そこで、校長先生から、「小学校3年生になる前にお母さんにお願いしたいことがあります」っていうことで、3点告げられたんですけど。

まず、吸引は他の子が気が散るので、それまでは教室内で後ろを向いて吸引をしてたんですけど、「もう今度からは教室の外に行って、保健室なり、そういったところで吸引はしてください」っていうのが1点。

で、水泳の時間も、みんなはちっちゃいプール、まだ低学年だったので、小プールに入ってたんです。
その小プールの横に小さいビニールプールを用意してくださって、そこに教育アシスタントの先生が抱えて、娘とそのビニールプールに入って、手遊びしたりとか足をばたばたさせたりっていうのを水泳の時間、させてくださってたんです。
でも「やっぱり水泳は危ないので、もう3年生からは(水泳の)授業は見学で参加してください」っていうふうに言われたんですね。

で、3点目に、娘、側弯が進行してきてて、授業中、横になって授業を受けれるのは、まあ、1時間程度ですかね。
午前中1時間ぐらい簡易ベッドを市の教育委員会が用意してくださって、それに横になって授業を受けてたんですけど。
「横になってる生徒に、担任は何の指示も出せません」って。
「だから、その休憩してる時間は、お母さん、待機室に連れてってください」っていうふうに言われて。

決定事項としてそれを告げられてしまって、私はなんか、「何……何で今頃、そんなことを?」って思って、もう悔しくて、悲しくて、涙しか出なくて。
それを横で一緒に娘も聞かされて、そのデリカシーのなさというか。
そういったところにも、もう。学校に対して不信感しかそのときになくって。私の中では、この学校に足が向くことはなかったんですね。

どうしても、娘とこの学校に登校するっていうことが私の中でどうしてもできなくって。
たまたま、すぐ、こども療育センターの小児科の受診が入ってたので、その先生に相談して「こういうふうに言われました」って。「もう、私、あの学校には行けません」っていうふうに相談し、「支援学校に転校したい」って私がそのときに申し出たんですね。
そうしたら、その小児科の先生も、「お子さんの今後を考えたら支援学校で、プロというか、専門を学ばれた先生の下で体調を見ながらとか、側弯なんかも防止しながらそこでできることを増やしていくっていうのも一つの選択肢ですね」っていうふうに言われて。
私もそれだったら支援学校に転校しようかなと思って、その手続きを始めました。

医療的ケア児の家族の語り

付き添いが負担で訪問籍にしようか何度も考えたが、学校のケア体制もよくなり何とか通学籍で高校を卒業できそうだ(音声のみ)

学校はずっと付き添いだっていうので、ほんとにすごく大変っていう一言ですね。
なので、毎年毎年ちょっともう限界かな、訪問籍にしようかなって悩みながら、あ、1年生が終わった、2年生が終わった、あ、もう3年生が終わった。
で、まだ小学校6年生ぐらいまでずっと、やっぱり訪問籍がいいのかなって。

でも訪問籍にしないで通学のほうが、たくさん授業も受けられるしとかいう、こころの葛藤はあったんです。
結局、小6まで全部何とか通えて、そしたら中高は、そのまんま学校もかなり本人のケアに慣れてくれていたので、そのうち、学校の体制もどんどん進んできて。
医療ケアの子が増えてきたら、シリンジ注入も対応しないって言ってたものが、今は対応できるようになったんですね、学校の要項自体が変わり。

そういうことで対応してもらえれば、私も離れることができたりして、そういう意味では、うちが小学校1年生だったときよりも、今度、高3になりますけれども、学校内の医療ケアもずいぶんと進みましたね。
なのでこのまま、重度であるわが子ですけれども、12年間、通学籍を通して卒業しようというふうに思っています。

ただそこで一つ、自分にとっても心掛けてるのは、学校に行きたいからって、無理させることはしないっていうこと。
ちょっとでも不安に思う症状とか、子どもの調子的に怪しいなって思うとか、そういうときは、心置きなく休ませることで、往診なんかにも助けてもらってますが、実はもうこの小1から今の高校2年生までは一度も入院してないんですよ。

就学前に、妹から風邪をうつされて、ちょっと入院したことがあったんですが、それが最後で、小1から今高校2年生までは全く入院しませんでした。
何とか往診だけで対応してもらっているようなところもあって、それはすごく重要だったし、子どもの命を優先させたかなっていうふうに思っています。

医療的ケア児の家族の語り

普通学校にはバリアがあり過ぎ、特別支援一択だと思った。いずれ付き添いが外れれば自分も就労できるかもという期待もあった

まず学校を選ぶときに、療育園で見学会みたいなのが、みんなでツアーがあって行ってみました。
正直、戦う気が失せるぐらい、普通の地域の公立の小学校は、バリアがあり過ぎて、あ、無理って最初っから思ったので、特別支援学校一択だなあと思ってました。

特別支援学校に、初めて行ってみていろんな話を聞いたときには、療育園が週2回しか行けないとか、制限が多過ぎたので、もうほんとに天国みたいな感じの印象だったんですよね。先生たちもしっかり見てくれるし。
ケアをしてくれる看護師さんもいるし、でも当然、母も付き添いをしなきゃいけない期間っていうのはあるけど、きっといずれ離れて、自分も就労できるんじゃないのとか、外に出て行けるんじゃないのっていう希望もあったりしながら、ワクワク通い始めたっていうのが最初で。

医療的ケア児の家族の語り

スクールバスで通学できても、本人や車椅子の乗せ降ろしがあり、ヘルパーにバス停までの送迎を頼むのも制度が複雑で難しい

学校へは基本的には、最初の2年間は母(自身のこと)が送迎を全部していました。
で、その後スクールバスに、吸引がいらなくなったので、スクールバスに乗れますよっていうふうに教えていただいて、スクールバスの申請をして、バス停まで母が送るし、迎えに行くっていう感じにしました。

ただ、そうこうしているうちに、母のほうがちょっと腰を痛めてしまって。できるだけ、抱っこをしたりとか車椅子の乗せ降ろしの回数を減らしたいっていうことで、今は、週に2回、ヘルパーさんがそのバス停までの送迎とかは担ってくれています。

――週に2回は来てくれても、(残りの)週3回は。

母(自分)が送ります。
それは、スクールバスまで送ると、そこで私が車椅子を車から降ろす、本人も降ろすっていう作業が、行きも帰りも発生しちゃうので、そういうときは直接学校まで送っちゃうんです。
そうすると先生が降ろしてくれて、私自身が、抱えたり降ろしたりっていう作業の回数が、減らせるので、そういう意味でバスは今、ヘルパーさんじゃないときは使っていないです。

――その通学バスに乗るっていう、その通学に関して何か困ってることってありますか。

通学に関しては、ヘルパーさんを使うんですけど、ヘルパーさんの中でも事業名が幾つもあって。
例えば車椅子に乗せるっていう(のは)、本人の体を触る行為なので、抱えて車椅子に乗せるっていう身体介護って言います。
でも車椅子に乗った状態の本人を押して、車椅子を押してバス停まで歩いて行くっていうのは移動支援と言って、別の項目になるんです。
乗せるのなんて多分、30秒とか1分とかで十分なんですけど、そこの部分もしっかり30分とか1時間っていう単位で、30分だったかなあ、うちは。
その単位でもう取らないといけないですね。

――契約をするっていうこと? 事業所と?

はい。

医療的ケア児の家族の語り

スクールバスに乗れずヘルパーの車で通うことになったが、吸引のために母親が同乗することもなかなか認められなかった

うちの県ではまず、気管切開をして吸引が必要な子どもはスクールバスには乗れませんと。で、お母さんがスクールバスに同乗するっていう前例がないし、あり得ません。
校区外から通学するのも前例がないというか、去年もお断りをしていますと。だからこっちの学校に自主通学で来てくださいっていう通知だった。

でもそんなの絶対無理です、私。その本来行くべき学校って(言われたところは)、車で行くと1時間ぐらいかかるんですよね。
で、その新設校は、30分あればまあまあ行ける。それでも、自分一人で車で連れてくってできんのかなと思ってたので。
「いや、無理ですから」っていう話になったら、そっちの新設校は「通学の手段をお母さんが用意して通ってくるんだったら、ウエルカムですよ」。

でも1人で運転したことがないし、助手席に試しに、カーシートを付けて乗せてみたんですけど、ずーっと片手で(子どもの)吸引しながら運転する感じで。
その頃はまだあの、緊張(筋緊張:注1)がバッて入ってるタイプだったんで。走ってる最中に急に(子どもが)ギアを足でガッて変えちゃったり、急にバックに入っちゃったり、ニュートラルに入っちゃったりとかしてたので、いや、怖い怖いと思って。

最初のうちはヘルパーさんの車で通ってました。そのヘルパーさんの車っていうのも、すったもんだがあり。
ご存じかと思うんですけど、ヘルパーさんっていうのは障害者本人のためのサービスだから、ヘルパーさんの車にお母さんが乗ることはできません。お母さんはヘルパーさんの車の後ろから追走してくださいって。
だけど吸引とかはヘルパーさんにできない時代なので、ヘルパーさんは運転しかしません。

そんなのね、普通に考えて、5歳、6歳の子どもを病院に連れてってください、じゃあヘルパーさんお願いねとか、そういう話でしょ。
これは障害者であるっていうことを忘れて、普通に健康な子が風邪ひきました、じゃあ、タクシーに子ども一人乗せるから、運転手さん病院まで連れてってくださいって言ってるのと、おんなじじゃないかなっていうので、市に交渉して。

もう絶対、普通に考えたら、それ逆に虐待で怒られるよねっていう話でしょ。で、それが障害児だと何で急にそうなるの?っていう話で、お願いをして。
もうそれもすったもんだして。で、やっとヘルパーさんの車に私が同乗することを認めてもらって。で、何とかかんとか入学式に間に合った。

注1)ここでは筋緊張のこと。脳性麻痺などの脳機能に障害がある場合に出る症状で身体がギューっと緊張した状態になり、つっぱったようになる。

医療的ケア児の家族の語り

通学手段が無いことで子どもの学びが保障されていない。希望するすべての子に対し学びの環境や方法を検討してほしい(音声のみ)

やっぱり行く方法がないってこととか、今の状態だと事業者は自分で探さないといけない。
実際、探しても無いっていうような状態やったりとか、そういうのはもう論外の話なので。
ある程度、普通のデイサービスの感覚とかでいくとですよ、療育園でもそうですけど、療育園の運転手の方が、療育園の車で迎えに来て、後ろに私が乗って、たんの吸引があるときはしながら療育園に着く。
で、また帰りも同じように安全に送り届ける。普通だと思うんです。

老人のデイサービスでも迎えに来て、乗っけて、施設に行って、帰ってくるって当たり前のことやのに、それが支援学校だと、スクールバスは出てるのに、医療的ケアがあったらそれができないっていう。
それがもう全く理解できないし、それだったら支援学校で車両を用意して、運転手さんを用意して、看護師さんを乗せて、で、子どもを連れにきて、学校に送り届けて(ほしい)。

送迎が、例えば、9時始業やけど医療的ケアの子は9時に間に合わないです。9時半の子もいた。
10時に到着の子もありますっていうんやったら、それはそれでしょうがないことやし、そういうシステムを作っていって、学びの時間を保障していくっていうことが大事だと思うので、なんかそういう柔軟な対応というか。

今言ってんのは一つの方法ですけど、いろんな方法ができると思うので、スクールバスに医療的ケアの子も乗せていいよっていうふうにするとか。
もうそんなん、なんぼでも方法はあると思うので、そういう譲歩できる案をもっと提示してもらわないと、学校に行くことさえもできないっていうところなので。
でも、やっぱり安全は守りながら、その方法を検討してほしいっていうところですかね。

医療的ケア児の家族の語り

通学支援の介護タクシーの助成があっても、タクシー業者や看護師を親が探す必要があり実際に利用できない(音声のみ)

この春から通学支援に助成が下りるようになったんですね。その方法は、親が介護タクシー業者と契約をする。
で、親が看護師と訪問看護ステーションなり、放課後デイサービスなりと契約をする。親が探してくるんです、その事業者を。

もちろんこういう子どもなので、体調不良とかありますよね。
そういうときのキャンセル料も、親と事業者で話し合ってくれと。
で、親はあくまで家にいて、その看護師と業者が子どもを連れて支援学校まで行って支援学校で降ろす。
帰りも同じように連れて帰るっていうシステムなんですけど、それで予算もかなり下りてるみたいなんですけど実際、親がタクシーの業者とかを探そうとすると、やっぱりそんなんやってくれる業者なんか、まあいないわけですね。

看護ステーションも、普通の訪問(の仕事)があるじゃないですか。
朝も、通学なので早い中で、そんな人余ってる事業者さんなんかない。看護師も見つからない。業者も見つからない。

なおかつ、移動中に何か事故が起こったりとか、あるかもしれないじゃないですか。
そういうときの保険とか、そういう話も全くない。
なので、そういうのに理解があって、参入しようって思ってる事業者さんがいたとしても、もう怖くて参入できない。

確かにお金は下りるけど、訪問看護の医療的な点数とかに比べると、全く足りてない。
なので、赤字を出してこのリスクを背負ってまで、この事業をやろうっていうふうにはならない。
結局そういうシステムはできたけど、利用できてるお子さんがほぼほぼいらっしゃらないんですね。

私も声を上げたんですけど、そういう通学支援の方法がないから、作ってほしいっていうこと言って、伝えてやっと出来上がってきたのがそれだったんですね。
で、できたことはほんとにすばらしいことなんですけど、その内容と、実際、利用できるような内容に伴ってないわけですね。

せっかく予算も下りてあるのにも関わらず。
だから私たちのこう、実際の医療的ケアをしてる親の負担を何も(減らせず)。
余計、負担掛けてるやんみたいな内容になってしまってるので、とっても残念なので、もっと改良していけば、いいものになっていくと思うんですね。

医療的ケア児の家族の語り

自治体で医ケア児専用スクールバス制度ができたが、毎早朝に付添してくれる看護師を確保できず週5日中1日しか利用できない

医療的ケア(児)のための通学専用車両っていうのは、2年前からスタートしたんですね。
その制度的にはスタートしたばっかりなんですけど、基本的に医療的ケアが必要な子が乗るバスなので、看護師さんが同乗しないといけないんです。

ただ、その看護師さんの確保が非常に難しいと。
朝、うちなんかは7時50分にうちを出ていくので、その時間帯に看護師として働ける人っていうのが、東京都も、各学校も募集をかけてるんだけれども、なかなか見つからない状況だと。
そういう場合、保護者が同乗して連れて行くっていう、ま、そういったことですよね。

――じゃあ制度上は、週5日間、看護師さんがいれば、(バス通学が)可能なんですね。

大丈夫ですね。でも、どこの学校も、なかなか看護師の確保っていうのがうまくいってないみたいなんですけど。
直接、東京都と一般の看護師さんが契約をして乗って、お仕事をするっていうことも、方法の一つとしてあるので、自分の知り合いとかに声を掛けて、朝、看護婦さん乗ってもらってるっていう、お友達も中にはいらっしゃいます。

場合によって看護師さんの生活もあるので、看護師さんが体調悪くなったとか、お子さんが例えば入学式があるとか卒業式があるとか。
そういった日で看護師さん、いつもは乗ってる日なんだけれども、今日は乗れないからっていう場合は、保護者が一緒に同乗したりとかあります。

今、問題になってるのが、その保護者が就労している場合、保護者の代理として、保護者が雇った看護師さんやヘルパーさんが、その医療的(ケア児の)通学専用車両に、一緒に乗っていくことができないかっていうことで、そこを考えていかなきゃいけないって保護者の方もいらっしゃるみたいですね。

――バスに保護者が乗った場合、その後、保護者はどうするんですか。

学校に着いたら自分で電車で帰る。電車とバスと徒歩。公共交通機関使って帰ります。

医療的ケア児の家族の語り

自家用車での通学時、予定時間に到着できない事があり、ヘルパーさんをお待たせしてしまったり、自分たちが待ったりする

ベッドから車いすに移乗するときに、学校に行く日に合わせてヘルパーさんを頼んでおくっていうのはできるので、移乗自体はできます。
でも学校に行く前の時間に、学校に行く準備をして、ヘルパーさんにも来ていただいて、移乗をして乗って、ちょっとドキドキしながら学校まで運転をしていって、で、(学校が)終わったら戻ってくる。

で、戻ってきた時間に合わせてヘルパーさんを一応頼んでおくんですけれど、やっぱり学校から帰る時間って、どうしてもそのときによってぴったりこの時間っていうのはなかなか難しくて。
ましてや交通事情もありますので。

そうすると、ヘルパーさん30分単位、1時間単位でお願いしたときに、ずれ込むっていうことがあるんです。
もちろんやっていただけるんですけれど、やっぱりヘルパーさんもお仕事として次もありますし、気持ちの問題として、お待たせしてしまったときに申し訳ない気持ちだったり。
逆に頼んでいた時間よりも大幅に早く家に着いてしまったときに、車の中でずっと車いすで乗って待ってるっていう子どもの負担もあるかなっていうところもあって、結構、移動がやっぱり一番のネックです。

医療的ケア児の家族の語り

通学バスに乗りたいのに気管切開があると乗れない。親の負担が多すぎて学校に通えないのではと危機感を抱いている(音声のみ)

医療的ケアのある子の進学とか送迎問題。ここは非常に考えてるところで。
医療的ケアがあると、支援学校の通学バスに乗れないっていうことがあって。
っていうのも気管切開があると、吸引があるので通学バスに乗れないってことらしいんです。
でもその通学バスに乗れなかったら、支援学校に行けないわけで、医療的ケアのある子は、ほぼほぼ支援学校に行く方法がないわけですね。

地域の小学校には、地域なので歩いてなり、何か(バギー)押してなりとか行けるかもしれないけど、特別支援学校っていう、そういう子を集めるための学校にもかかわらず、今なお、医療的ケアのある子はそういう通学方法がない。

また、支援学校に行けたとしても、呼吸器があれば親が付き添わないといけないとか、全くもう意味不明な…。
教育の場であるにも関わらず、支援学校っていう場でもあるにも関わらず、親にどれだけ負担を掛けるんやろうっていうような現状が、今なおあるっていうことを知って、すごい危機感を抱いてます。

何年後か先に、私は支援学校に行かせてやりたいなと思ってるので、支援学校への進学がある中、通学方法とかその呼吸器の問題っていうので、今後どういうふうに、変えていかないといけないのかなっていうところを考えると、とっても不安です。
その学びの場っていう当たり前の学校に行くことさえも、行けないかもしれないっていう危機感に対しては、すごく、困り事として強く今、意識してるところです。