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インタビュー時:35歳(2019年12月)
関係:母
医療的ケアのある子:次男7歳
関西在住。夫と長男(小4)と次男の4人家族。実母と2世帯住宅で同居。
出産時の事故で第二子となる次男が脳性麻痺で生まれ、気管切開をして人工呼吸器を使用し気管内吸引、口腔・鼻腔内吸引が必要な状態である。
嚥下できないため、栄養は胃ろうから注入している。
息子は小学1年生で近隣の特別支援学校に通っている。
同居する母に預けたり、ショートステイ(短期入所)を利用したりしながら、土日に自営業の夫の仕事を手伝ったり、経理、広告作成、広報などの在宅でできる仕事をしている。
語りの内容
友達との連絡は、出産するまでみんなすごく楽しみにしていてくれたので、友達とは連絡取っていたんですけど、こんなこと(出産事故で子どもに障害が残ったこと)になってしまって、全て連絡を一回絶ちましたね。
SNSもやっていたんですけど、全部、連絡絶とう、っていうか(笑)、連絡できなかったです。
――現在はいかがですか。
現在は、私の気持ちも落ち着いているので、こういう子を育てているっていうのを、うわさで皆聞いているみたいで、最初は知られたくない気持ちは大きかったんですけど、今は知ってほしいっていうほうが大きくなった。
何か聞かれたら、自分からたくさん答えるようにして、声を掛けづらいとは思うんですけど、聞いて、聞いてっていう感じ(笑)。
やっと今そうなれているので、本当につらいときは無理に連絡取らなくて良かったなって思います。
――もっと知ってほしいっていう今の思いへの変化は、どういったところからですか?
本当に自分の子はかわいいっていうのを、心から思えるようになったのが大きいですね。
医療的ケアがある子を育てているお母さんに会う機会があって、本当に子供のこと一生懸命愛してかわいがってっていうお母さんに、たくさん出会って、このままじゃ私も駄目だなって。
町を歩いてても、かわいそうっていう目で見られるのがほとんどで、最初はずっと下を向いて歩いていたんです。
本当に視線が痛くて、見ないで、見ないでって思っていたんです。
そうやって歩くよりも、やっぱり顔を上げてにこにこ歩いてる。
外歩いているとね、小さい子が寄ってきて、ショックだったのは「何で死んでるの」とか言われたりする。
何て返せばいいのか最初は分からなかったんですけど、子供なので不思議に思って、ただ悪気もなく言っていることなので。
私もつらいですけど、そこは明るく返すようにして、こんにちは、とかあいさつして、産まれたときに病気でって、分かりやすく話したり。
この子も、学校行っているよとか。
僕、何歳?、一緒だねとか、何が好き?とか、いろいろ話していくうちに、向こうも私の子供のことも分かろうとしてくれて。
最初は傷つくことを言われるかもしれないけど、真に受けて、気にし過ぎてしまうと、なかなか外に出られなくなるので、何か言われたら、明るく返すのは、心掛けている。
インタビュー04
- ケアの負担から次男に冷たく当たってしまったとき、長男も自分と同じように接するのを見て反省し、2人をかわいがって育てることに決めた
- 夜中も吸引が必要で眠れず1歳半で気管切開をした。日中刺激を受けると唾液量が増え、吸引も1日50回程度だったが、手術で今は1日15回程度になった
- 手術により息子の体調が安定し吸引の回数も減ったため、上の子の野球について考えたり、夫の仕事の手伝いができたりするようになった
- 子どもの障害が分かった当時は誰とも話せずにいたが、今は、周囲に知ってほしいと明るく受け答えするように心掛けている
- 子宮破裂で出産時の記憶はない。目覚めた時には子どもは無事に生まれたと思っていた。起きた現実を知ったときは後悔しかなかった