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インタビュー時:41歳(2019年12月)
関係:母
医療的ケアのある子:長女5歳
首都圏在住。夫と娘の3人家族。
第一子となる長女が原因不明の先天性疾患をもって生まれ、生後まもなく気管切開をし、現在人工呼吸器を装着している。
2歳で胃ろうの手術をし、胃ろうから24時間持続的に栄養を注入している。
大学卒業後から会社員として働き、仕事復帰を望んでいるが、娘の預け先がなく復職は叶わずにいる。
仕事を再開できる環境が整うことを望んでいる。
語りの内容
普通の子が生まれてくると、思って疑わなかったので、妊娠経過中に分かれば、例えば子ども専門の病院に、妊婦健診が切り替わって、出産がそこになってとか。
そういうことになってくると、お母さんの心の準備ですとか、子どもの病院ならではの、同じような境遇を持つお母さんとの、支援とか、そういったものが充実してたりしたのかなとは思うんですけれど。
産んで初めて分かるとか、そういったことの連続だったので、健常児じゃない子の母になるという受け入れがまずできない。
私の周りにたまたま身内にもそういった、経験のある者がいないので、恐らく大多数のこういった医療的ケア、障害児の、お母さんは多分そうですね。
ほとんどのお子さんが、健常児の両親から生まれている。周りもそういったことに慣れてないお母さんとお父さんから生まれているので、そこにまず大きなショックというか、衝撃を覚えて、…まず受け入れられない。
障害児の親になんてなりたくないって、…うーん、まずそこですね。まず自分はそういう親になるつもりはないんですけどっていう、すごくきれい事でない話をすると、そこからまず始まりました。
まず子どもに会うのが怖かった。すぐに会いに行けない現状もありましたけど、子どもに会うのが怖くて。
会うまでは私は育てられないって言おうってちょっと決めてたところがあって、そういう後ろ向きな気持ちで、NICUに初めて入ったっていうのが、すごく覚えていますね。
子どもを見てすごく最初ショックでしたけど、(新生児って、)何にも分かんないで生後数日って、泣いたり、寝たりしてて、(それを見て…)この子はかわいそうな子なのかな?って。
なんだろうか、かわいそうな存在なのか?って、自問自答してて、そのときにかわいそうかどうかは、…ま、大変だったりするけど、かわいそうにするかどうかなのかなっていうふうに思ったんですよね。
かわいそうにするかどうかは社会とか親次第なのかなとっていうことに、ちょっと病院の面会帰りにさまよいながら、あてもなーく歩きながら、何かそこに行き着いたときに…
ちょっと今まで踏みしめたことのない世界に来ちゃったけど、ちょっと考え方を、自分の価値観とか、そういうことを…変えて乗り越えるしかないのかな。
で、変えなれば駄目になっちゃう。自分も駄目になっちゃうな。それしかもう活路は見いだせないのかなっていうふうに、歩きながら自分で答えを導き出したというか。
そこからは…ほんとに日ごとというか、ほんとに多分1ミリ1ミリ、歩みだと思うんですけれど、あの、ま、受容していくというか、そういう…こう、過程に歩き出したと。
インタビュー03
- 夫も病院でケアの指導を受けたが、成長に応じて必要となる手技や工夫が増えて母中心で回っており分担はほとんどできていない
- 子どもに障害があることが不幸なのではなく、医療的ケアがあるために社会から特別視され、孤立することが不幸なのだと思う
- 療育センターの入所は医療的ケアを理由に断られ、居場所がないと思っていたが、越境して通える療育があることをSNSで知った
- 発話はなくともうれしい時は笑い、嫌なときは寝たふりをする。ストレスがかかると血糖値があがるという形での意思の表出もある
- バス利用には事前連絡が欠かせない。乗降時に他の乗客の視線が気になっていたが、運転手が遠慮しないでといってくれた
- 仮死状態で生まれて高度医療が必要となり、こどもだけが転院搬送となった。自分としては漠然とした状況のみなんとか把握できた
- 心の準備もなく障害児の親になんてなりたくないと思った が、この子がかわいそうな子になるかどうかは自分次第だと気づいた