投稿者「dipex-j」のアーカイブ

英国人の前立腺がんの語り

主治医は、大いに議論をしたのち前立腺全摘除術に同意した

主治医は、以前は今時的前立腺切除術が主流であり、アメリカでは今でもそうですが、最近の方法は放射線治療であると思ってください、と説明しました。当時私はホルモン療法については何も知らず、外科治療か放射線治療のどちらかとしか理解していなかった。即座の私の返答は、「いや、放射線治療は受けたくない。問題外だ」でした。これは、放射線治療は病気の根源を根治できないだろう、という心からの本能的反応でした。その後2回の長い議論を伴った診察の後に主治医は「膀胱鏡検査をしましょう。内視鏡をペニスの中心を通して膀胱に入れる操作をします」と言いました。その時が来て、この検査は日帰り外科処置で実施され、全く不快感はなかった。内視鏡が入ってから出るまで1時間ほどかかり、それで終わりでした。彼は「あなたが切除術を受けるのに何の支障もないことが分かった」と言いました。その結果、外科手術が私の治療の選択肢となるだろうと決定しました。その段階でもホルモン療法について何も知りませんでした。

――主治医は何もしないという選択肢を提示しましたか?

いいえ、状態を見守ると言うことは言いましたが、これは私の望む選択肢ではありませんでした。私は前立腺を取り除きたかったのです。

英国人の前立腺がんの語り

治療法の決定に際して、医師が誘導してくれたことに満足している

――そのとき色々なことを十分に話し合う時間を作れたと思いますか?

はい、そう思います。私が専門医に会った時は十分に話ができました。もし誰かが電話で(自分が癌であったこと)を話してくれていなかったら、ああいう1対1の機会が得られたかどうかはわかりません。とにかくこの1対1の話し合いで専門医は全て話してくれました。

――その医師から各選択肢の長所短所の説明はありましたか?

はい、ありました。すべての副作用、欠点、それぞれの利点はどういうことかなども。それで私たちは「では、次のステップは何でしょう?」と尋ね、私にとっての次の段階は、放射線治療の上級専門医などの専門家に会うことになったのです。

――放射線療法を受けたのは、あなたの決断でしたか、また十分な指導を医師から受けましたか?

医師からの指導はあったと思います。私の場合、治療計画としては放射線療法とホルモン補充療法があるということを言われていました。

英国人の前立腺がんの語り

PSAテストの結果とグリーソンスコアを教えてもらい、どんな選択肢があるかを執刀医と議論した。彼は前立腺全摘除術を行うことにした

それから私の担当外科医のところへ受診しに行きました、もちろん、その時には、生検から得た私のグリーソン数値結果をその外科医は知っていました。外科医との面談は堅苦しいものではありませんでした。ともかく私たちは仲がよいのです、それで彼は、さあ結果を全部一緒に見ることにしましょう、そうだね、PSA値はすばらしい、7.2だ、それから骨のスキャンは申し分のないようだ、我々が注意した肩のついては何もないようですね。それからMRIだが何も映っていないし、腫瘍は前立腺内だけに留まっているです。そして彼と私は、結構じゃないか、と言いました。それから彼はいいました、君は今67歳で、特に留意すべき病歴はないが、心臓専門医の意見を聞いてもらってほしい、もし心臓も問題なければ我々は事を前に進めるべきだと思う、と。それから私たちはきちんとした話し合いをしました。放射線療法にするか、手術にするか、あるいは当面経過観察するか(待機療法)と。彼は、自分の考えでは経過観察はよくないだろう、と言ったのです。そのとき私は、すべての検査結果を見てきたけれども、グリーソン数値の評価はどうなのだろうと思いました、そこで私は、ところでグリーソン分類の結果はどんな感じですか?と聞いたのです。すると彼は微笑んで、ああ、実はそのことについて話すつもりはなかったんだ、そのことをあまり考えるのはやめようと言って紙切れに書いて私に手渡しました。数値が8で、ご存知のようにかなり悪性度の高い分類に入ります。それで私は、そうですね、グリーソン分類の結果についてこれ以上話さない方が良いでしょう。そのことで私たちがすべきことを妨げてはいけません、と言いました。そこで、当然のことですが、中心となる治療法から放射線療法をはずしました。

――外科医の考えでは、手術は本当に唯一の選択肢だったのでしょうか?

私と彼の考えではそうでした。私たちは治療法についてはまったく同じ考えでした。

――その時、選択肢のすべてについて十分に説明してもらえたと感じましたか?

はい、私は選択肢については知っていたので、私たちはどの治療を選ぶかを徹底的に、しかし素早く検討しました。長い面談ではありませんでしたが、関係のあることはすべて話し合われました。以前に私たちが自分たちの患者たちと似たような会話をしていたので、すでに知っている事柄だったのですが、よく検討しました。
治療法の決定に際して、医師が誘導してくれたことに満足している(No.19).

――そのとき色々なことを十分に話し合う時間を作れたと思いますか?

はい、そう思います。私が専門医に会った時は十分に話ができました。もし誰かが電話で(自分が癌であったこと)を話してくれていなかったら、ああいう1対1の機会が得られたかどうかはわかりません。とにかくこの1対1の話し合いで専門医は全て話してくれました。

――その医師から各選択肢の長所短所の説明はありましたか?

はい、ありました。すべての副作用、欠点、それぞれの利点はどういうことかなども。それで私たちは「では、次のステップは何でしょう?」と尋ね、私にとっての次の段階は、放射線治療の上級専門医などの専門家に会うことになったのです。

――放射線療法を受けたのは、あなたの決断でしたか、また十分な指導を医師から受けましたか?

医師からの指導はあったと思います。私の場合、治療計画としては放射線療法とホルモン補充療法があるということを言われていました。

英国人の前立腺がんの語り

自分を担当してくれた専門家たちは皆協力的で理解があったと述べている

嫌なものですね。だってチューブが入っているんですから。それは直腸まで伸びていて前立腺を少し切り取るのですから。徹頭徹尾不快な気分で、痛い。でもそれはほんの少しの間のことだし、彼らは非常に良かった。この操作をしたのが医師だか技師だかは知りませんが、「痛みを感じたらそのときは操作を止めます。それで貴方は終わりまで進む準備が出来ますよ」と言い、実際に「痛いでしょうから」と言ってくれたんです。でもそれは一瞬の痛みで、それですべて終わりでした。彼らは・・・この検査をしてくれた人は、生検を受けることがどんなものかを理解していて、とても思いやりがありました。

英国人の前立腺がんの語り

生検は確かに不愉快だがほんの一瞬で終わることだ

――生検について少し教えていただけますか。生検とはどんなものなのでしょう?

私が受けた生検は、その翌日にだったかな、検査を受けたのは。最初から最後まであっという間でした。PSA検査の結果をみるまでは生検は嫌でした。全く不快なものですが、ちょっとチクっとしますが、長くは続きません。私の検査に対する我慢強さは、言い方はともかく、かなり良かったと思いますよ、先生の反応からみてもね。検査が嫌いな人はいると思うし、私にとっても好きなものではなかったですね。

英国人の前立腺がんの語り

生検ではかなりの痛みを感じた。その3週間後に手術を受けが、まだ尿や精液の中に血液が混じっていた

生検自体には興味がありました、そうですね兄と話しをしたときに関心をもちました、というのも兄は10日前に私が訪ねる予定の医療チームを訪ね、私が受けるのと同じ検査を受けたのです、私が“どんな感じだった?”と聞いたら、兄は“ああ、心配ないよ、せいぜい心地よくないだけだ”と言いました。それで生検に対してかなり安心感を持つようになりました、それに私は兄よりも痛みを感じ始める限界点がはるかに高いし、痛みに耐える力もかなり強いという自負がありました。それで、兄が本当に痛いというほどでもないと言うのなら、私もまったく同じように感じるだろうと考えました。しかし実際は、たいそうな痛みを感じました。なんて痛いのだろうと、かなり驚きました。その痛みのタイプといったら、ええ、胎児のように手足を縮こませ身体をまるめて横になり、自動生検装置から針を一発刺されたときの痛みといったら…、痛みの大きさは前立腺の大きさによると思いますよ、どのくらい拡張しているか、出血しているかによります。もし出血で前立腺が大きくなっていたら、前立腺の被膜がピンと張っているので、痛みを感じるでしょう。前立腺が小さければ、あるいは出血していなければ(痛みは少ないでしょう)。3週間後に手術を受けるときまで、前立腺からの出血は止まりませんでした。ずっと血尿と血精液症(精液中に血液が混じる)が続きましたが、それは前立腺の出血のせいで、生検時の痛みの原因となったと思います。

――生検はとても苦痛があり、驚きましたか?

ええ、生検に驚いたとしても、そのことを公にする人はいませんでしたが、そうです、生検は苦痛なものでした。苦痛のために世間の人が経直腸的超音波検査や生検を受けないとは言うつもりはありませんが、一部の人にとってはとても気楽に受けられる検査ではないことは分かるでしょう。数年後、ある研究プロジェクトに参加させられたとき、外科医が“各人から36ヶの検体を取りましょうよ”、と気楽に言いました。私は即座に言いましたよ、“あー、だめだ、そんなことは絶対におこりませんように”、と。

英国人の前立腺がんの語り

生検のあと、ひどい合併症に悩まされたことを述べている

そして94年に生検をしたのですが、そのとき敗血症になって死にかけたんです。

――そうなんですか、そのあたりをもう少し話していただけますか。生検というのはとても痛いんですか、それともただ不快な程度なんでしょうか?

ひどく嫌なものでした。肛門のあたりが私の場合は非常に小さいからでしょうか、そのために組織を採取する際に傷つけたのでしょうか、とても痛くて非常に不快に感じました。

――そうですか。それは大変でしたね。痛みは、その後続いたんですか、それとも処置の間だけでしたか?

ええ、とっている間だけでした。その後は何も感じませんでした。でも不思議なのは、(その後)錠剤などの類いは何ももらわなかったんです。薬は一切処方されなくて、(その後具合が悪くなったときは)てっきりインフルエンザにかかったんだと思いました、本当にとても具合が悪くなったんです。それで病院に駆け込んで(はじめて)薬をもらいました。細菌感染で4日間入院したんです。

――じゃあ生検をしたときに感染したということですか?

そうです、交差感染したということです、その通りです。
.

――そうだったんですか

これ以上この状態が続いていたら危なかったと言われました。もう8時間続いていたとしたら、今私達はこうしてこのインタビューの場にはいなかったでしょう。

――災難でしたね

そうなんです。

――お気の毒です。生検では本当に大変な思いをされたんですね。

ええ、そうですね、まぁ気持ちの良いものではなかったですね。思うんですが、私が不安のつよい性質だからなのかもしれません。緊張してしまって、あまりリラックスした状態ではなかったと思うので、たぶんそういう処置を受けるのは、そうですね、あまり良くなかったんだと思います。

――その治療はNHS(国民医療保健サービス)で受けたのですか?

いえ、プライベート(私費)サービスでした。
その後また私はプライベートサービスをやめてNHSに戻ったんですが、そこでまた組織を採取されて、そこでは4つのサンプルをとりたいというので不快な思いをしました。

――もういちど生検をされたということですか?

そうです。もう一度やったんです。

――同じくらい痛かったですか?

2回目はもっとひどかったです。医者が5つめを取りたいといってきたけれど私はどうしても無理だと言いました。そんなに必要だとは思えなかったんです。とにかく、そのあと抗生物質をもらったのでその時は感染はありませんでした。19歳のときのことなので、97年のはじめ、いや97年後半から98年のはじめのことだと思います。

英国人の前立腺がんの語り

生検は非常に痛みが強く不愉快なものだったと述べている

とても痛いものでした、全く、しばらく横にならなければならない程でしたね。私がちょっと痛がりなのかも知れませんが。他の人はそんなことはないようだから。彼らにとっては、非常に不快ではあるが横になる程ではないようでした。 ところが私にとっては今回の一連のプロセスの中で生検が一番大変でした。 まあそれがどうということはないにしても大変でした。痛かった。 切り取る音が聞こえるし、とにかくとてもいやなものでした。すごく、いやでしたね。

英国人の前立腺がんの語り

前立腺生検のような検査の際の患者のプライバシーと尊厳に対する配慮に欠ける点があると感じた

プライバシーと尊厳はNHS(英国の国民医療保健サービス制度)にとって今後の課題だと思います。今まで話していた患者のための健康(医療)に関する情報と同じように、尊敬すべき医師が行なっている素敵な診療を知りました。しかし、患者のプライバシーと尊厳が明らかに特別な関心事ではないという全く反対の事例もあります。例えば、生検や膀胱の検査のような人に見せたくない処置を受けているときにドアがバンと開いて検査とは関係のない人達が出入りし、挨拶もしない。例えば、歯科の治療台にいるときに歯科助手が行き来する分には我慢できますが、率直に言いますが自分がお尻を突き出している状態で遠慮なく行動されるとは全く事情が違ってきます。
一~二例を挙げてみましょう。TRUS生検(経直腸超音波生検)後の術前外来で他の患者やその親族でごったがえしている通路で待つ間、今回の生検を通して全然顔を会わせたことがなくコートを着て帰り支度万全の女医がその混雑した通路に顔を出して私の方に向かって生検後しばらくは精液に血が混じるかもよと叫んだのです。これは確かに重要な情報であること否定しませんが、伝えられた環境が理想とはかけ離れています。混雑した通路にいる人達が皆私の方を見ましたよ。そこにいた大勢のひとたちの多分全員が私の精液のことを想像したという独特な体験をしたのですよ(笑い)。そうじゃないと思いたいが。これは大いに回避できる状況です。少しの裁量があれば、その事実を伝えるため、どこか別の部屋を用意するまで少し待たせるとか、あるいはカーテンの裏で事を済ませることができたと思います。私としては、このようなことは情報として得られるものではなく、個人の選択であり、習慣であり、日頃の訓練によるものです。いわば、教養ですね。さらには管理体制のあり方にもよります。そういったことを許すシステムでは引き続き起こりますから。ああいう風習を許さなければ、それは起こらなくなりますよ。まあ、ほんの一例です。
プライバシーや尊厳に常に気が配られている訳ではないと思われる事例です。しかし、この対極にあって、常に情報を提供し且つ私のプライバシーや尊厳に対して配慮を示すという一流の仕事をした賞賛に値する医師やすばらしい人間に会うという経験もたくさんしたことを急いで付け加えましょう。彼らは信頼に値しますが、私が望むのは悪い例は少数派であってほしいいうことを強調したい。この少数派は患者達の受ける治療経験に基本的な違いをもたらしますよ。

英国人の前立腺がんの語り

痛みよりも恥ずかしさや不快感があったと説明している

下着を脱いで、とても小さなペンの先にライトのついたものを肛門から挿入するのですが、これにはがんの組織を切り取る器具がついているのです。あまり愉快な経験ではありませんでした。痛みはありませんでしたが、組織を採取する時には、それほどひどいものではありませんでしたが、痛みを感じました。ちょうど小さな熱い針のような感じで、確か6~8個のサンプルが採取されて生体組織検査へと回されたと思います。尻込みすることはありません。ありがたいことに、この処置に慣れている者が私を担当していました。嫌だったのは見られていたことです。私の場合、若い看護師だったのですが、私の前に立ち大丈夫だよなどと声をかけていました。でも、処置の間この若い女性の看護師がそばについていたせいで、痛みよりも恥ずかしさを感じていました。ただ、ひどく不愉快だったというわけではありませんが。