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診断時:55歳
インタビュー時:60歳(2009年3月)
中国地方在住で、妻と母、息子の4人暮らし。2000年、激しい痛みと吐き気のため近隣の大学病院の内科を受診、血液検査の結果から泌尿器科を紹介され、がんと診断された。会陰式による前立腺全摘除術を受けた。術後、半年ほどして、背中の激しい痛み(前立腺がんとの因果関係は不明)に襲われ、麻酔科で治療を受けた。痛みは少しずつ和らいできており、前立腺がんの経過観察と合わせて、月に1回の通院で様子を見ている。
語りの内容
いや、まあ、(自宅に)帰って「こげこげじゃ」って言ったら「ふうーん」っていうような感じでした。「ふーん、大した、そげに、どうっていうことない」っていうような感じで、はあ。楽に思っちょります(笑)。
―― それはあの、ご家族の反応が…。
いや、反応は大したそげに。大したそげ反応が、「前立腺がんが。そりゃ、がんの仕方ねえわ」ぐらいの感じの言い方でしたけんね、どうしょうもないです。本人が、まあ自分が苦しんだぐらいのことで、一晩、ちょっと泣きましたけどね。…そういうことで、まあ、大した、家族でどうっていうこと、そげにね、もう地団駄踏んでみたとこが、それで、どうしょうもないですから。もう、割り切っちょりますさ。はあ。
―― でも、最初にそのがんと言われたときには、やっぱり、そういう意味では、すごくショックで。
うんまあ、ショックはショックでしたよ。まあ、顔で笑って心で泣いていましたわ。泣き顔はね、家族に見せたくないけん。外へ、外へ出て泣いていましたわ。1時間でも2時間でも泣いていましたよ(笑)。家入るのが怖くてね(笑)。今、こうして笑っていますけどね(笑)
インタビュー48
- アルバイトの最中、排尿が途切れ途切れになり、ひどい痛みで動けない状態になった
- 手術の方法(会陰式)について、手術時間が短いと聞き、家族とも相談して決断した
- 手術前に医師から尿失禁について大した説明はなかったが、他の患者からも聞いていたので、特別驚きはなかった
- 尿漏れは少なくなってきたが、咳払いでちょっと出ることもあり、夏場白いズボンは履けない
- 肛門を締める運動をし、尿がしたくなったら、なるべく我慢してからトイレに行くようにしていた。水分は循環をよくするためにかかさず飲んでいた
- 手術後の性機能障害については、あいかわらず駄目ですとアンケートに記入しているが、大して気には留めていない
- 皆検査の値ばかり気にするが、自分は全然気にしない。「今日をしっかり生きればよし」という考えでいる
- 家族に診断をうけたことを話したが「そりゃ仕方ない」という感じだった。自分はショックで、泣き顔を家族に見せないよう外で泣いた