インタビュー時年齢56歳(2022年4月)
障害の内容:1型糖尿病
診断された年齢:14歳

関西地方在住の女性。11歳で体調不良があり、その後中学生で1型糖尿病と診断されてインスリン注射が始まった。
中学卒業後にアルバイトなどをしていたが、同じ病気の子どもに希望を持たせてあげたいと思い、准看護師資格を取り、結婚、出産を経て働き続けた。
その後糖尿病外来などで働きながら46歳で看護師(通称:正看護師)資格を取って、現在は訪問看護師をしている。

プロフィール詳細

11歳で血糖値が高いことを指摘された、その後中学生の時に、1型糖尿病と診断されて、インスリンを使うようになった。
もともと学校の教師とうまくいかず、中学はあまり行かないまま卒業し、卒業後は飲食店でアルバイトをかけもちしながら遊んでいた。
自暴自棄になったこともあったが、自分の主治医や看護師はもう一つの家族のような存在で、自分の生活に関しても、インスリンだけ忘れなければ何をしてもいいと寛容でいてくれてありがたかった。

そんな中、糖尿病の子どものキャンプに参加した際、そこで手を震わせながら自己注射をする小さな子に会い、また、大人でも、糖尿病だと結婚や妊娠・出産ができないと言っている人や、周囲に病気を伝えていないという人がいることを知った。
その子を見た時、糖尿病でも進学も就職も結婚も出産もできるよと希望を持たせてあげたくなった。
それをするなら、自分がやりたいことができる実績を作らなくてはと思い、また看護師なら病気の勉強もできると思って、そこから看護師を目指すようになり、働きながら准看護学校へ通った。

医療業界にも差別があることは強く感じており、病気があることで傷つきたくない思いもあって、准看護学校の2年間は、病気のことを先生には言わないで通したが、卒業の時に先生に伝えるととてもびっくりされた。自分としては、これからは病気があるから看護師になれないといったことがないようにしてほしいし、病気でもやってこられたことを自分が証明できたから、将来の看護師には道を広げてほしいと伝えたところ、先生はその思いを受け止めてくれた。

卒業後はそのまま正看護師の学校への進学も考えたが、病気もあるので出産するなら早いほうが良いと思ってそのタイミングで結婚をし、3人の子どもを育てた。
妊娠から出産、子育て中もその後もずっと働き続けたのは、やはり看護が好きだったのかなと思う。
その後、46歳の時に年下の仲の良い同僚に誘われたのがきっかけで、働きながら正看護師の受験資格を得るための学校で学び資格を得た。
その病院では、内科の糖尿病外来などをやりながら、他の科も色々勉強し、結局10年間働き続けた。
子ども全員が20歳になったタイミングで、後は自分の好きなことをしようと、住みたかった街に引っ越して、いまは訪問看護の仕事をしている。

准看護学校を卒業して以降は、自分の病気のことは一切隠さずに過ごしてきた。
インスリンの自己注射を始めたら「終わりだ」と言う患者さんに、自分の体験を話して、インスリンを打ちながら看護師として働き、夜勤もしていることを伝えると、「そんなこともできるのか」と驚かれた経験もある。
病気があることを、自分はある意味売りにしていて、患者さんが悩みや思いを打ち明けてくれることが、他の看護師よりも多いようにも思う。

治療に関しては、インスリンポンプを使っていたが、その副作用で自覚症状がないまま低血糖になってしまう「重症無自覚低血糖」の症状が出るようになり、そのためポンプを一時外した。
だが、やはり低血糖状態になることが多くなり、仕事も続けたいし自分も守りたいと思って、5年前に新しいポンプを導入した。
機械に血糖をコントロールしてもらっている状態だが、今はこのポンプがあるので、何も気に気にせずに仕事ができる。
 
病気があってももちろん他の人の気持ちは分からないが、看護師としては、患者さんに共感し、寄り添うことができるのは自分の武器かなとも感じる。
病気がなければ今の自分はなかったと思っており、病気は人生の良いパートナーになった。何より自分は人に恵まれていて、様々な人に支えられてきたことがとても有り難い。
若い人には、まずはチャレンジしてみて、だめだったらそこで考えれば良いし、失敗しても大丈夫だよと伝えたい。

私は: です。

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