
インタビュー時年齢23歳(2022年6月)
障害の内容:内部障害(線維筋痛症)
障害をもった年齢と状況:19歳、大学2年生
現在の職場:大学病院、精神科閉鎖病棟の看護師
女性。幼稚園の頃から身体に痛みがあることを自覚していたが原因が分からないままで、徐々に痛みは強くなっていったが、自分で対処をしながら生活していた。
その後、膠原病の医師に診てもらうようになり、看護学生の2年の時に線維筋痛症であると診断された。
看護の演習・実習は、特に大学からの配慮はなかったが自分で工夫をしながら終えて、2年前から大学病院の精神科で働いている。
プロフィール詳細
記憶がある範囲では幼稚園の頃から両足に痛みがあり、受診をしたが異常は見つからず、母親にさすってもらうような対処をしていた。
痛みは成長するにつれて徐々に強くなり、洋服がこすれると痛さを感じたり、痛みの種類も、体の中にガラスが刺さったようなチクチクした痛みや皮膚が突っ張るような様々な痛みを感じてきた。
しかし、痛みに生活を邪魔されたくないといった思いが強く、洋服の生地を工夫したり、湿布を使ったりしながら、日常生活を送っていた。
もともと母親が看護師を目指していたことに影響されて、幼少期から強く看護師になりたいと思っていた。
一時期は、痛みのために看護師になれるのだろうかと不安に思うこともあったが、痛みのためにやりたいことができないというのは嫌で、決めたことは貫こうと思って努力していた。
看護学生の時は、湿布を貼っている自分を心配してくれる周囲に対してごまかすような発言をしてしまったり、本当のことを言えなかったりする心苦しさをずっと感じていた。
また友人同士でスキンシップを行うちょっとした仕草で痛みが誘発されることがあり、親しい関係性が嬉しい反面、痛みのある生活を辛く感じることもあった。
親しくしていた3人には痛みのことを話せていたので、それは有り難かったと思う。
授業では、痛みが強いときは事前に温罨法(おんあんぽう=温めて痛みを緩和する方法)などで対処をして、演習や実習に臨んでいた。また締め切りのある課題は、なるべく元気なうちに余裕を持って取り組むといったことに気をつけた。
学校から特別な配慮は受けていないが、痛みがあることを事前に伝えることで体調面を気遣ってもらう安心感があり、対処法を教員から教えてもらえるようなことも有り難かった。
さらに、教員から「痛みがあることは看護師になる上で強みになる」と声をかけてもらったことは、その後も大きな励みになっていた。
大学以前から痛みがあることについてリウマチ科で診察を受けていたが、様々な検査をした結果、大学2年生の時に線維筋痛症であると診断された。
原因は分からず治療も対症療法だが、診断されたことで、特にめずらしい病気というわけではないことが分かり、また痛みを説明できるものがやっと分かったという安心感もあって、自分としては、診断されたことをポジティブに受け止められた。
就職活動では病気を隠したくないと思って履歴書に書き、面接でも聞かれたが、病気と付き合いながら工夫して生活してきたことをしっかり伝えていた。
結局実習先の大学病院に就職が決まり、配属は希望をしていた精神科病棟になった。
病棟師長には入職直後の面接で病気のことを伝え、師長からの提案で、夜勤の回数を増やすペースを同期よりも緩やかにしてもらい、現在は同期と同じ回数の夜勤を行っている。
夜勤の調整は師長からの提案だったが、自分自身が先々長く続けられるようにという配慮をしてくれたことは、とても感謝している。
職場ではちょっとしたことで痛みを感じるようなこともあるが、痛みが患者さんへの看護にマイナスに影響することは避けたいと思っている。痛みは感じながらも自分でできることはあるので、看護職のプロとして仕事を全うしたい。
また患者さんの痛みやつらさは一人一人異なるが、自分に慢性的な痛みがあることによって、病いと共に生活する大変さやつらさについては少し分かるのではないかと思う。
自分はこれまでとても人に恵まれてきていて、看護学生の時に実習で一緒に過ごした友人や、職場での先輩後輩、心配しながらもこれまでずっと応援してくれている母親にはとても感謝しており、周囲の人の存在が自分にとって大きな支えになってきたと思う。
多様性が促進されるためには、物理的な環境よりも心のバリアを解消することが重要で、一人一人が、人と違っていても一つの個性として認められるような社会になるといいと思う。
これから看護師になりたいと思う人は、障害や病気があっても諦めず、自分のことを分かってくれる人は必ずいるので、それを信じて頑張って欲しい。
痛みは成長するにつれて徐々に強くなり、洋服がこすれると痛さを感じたり、痛みの種類も、体の中にガラスが刺さったようなチクチクした痛みや皮膚が突っ張るような様々な痛みを感じてきた。
しかし、痛みに生活を邪魔されたくないといった思いが強く、洋服の生地を工夫したり、湿布を使ったりしながら、日常生活を送っていた。
もともと母親が看護師を目指していたことに影響されて、幼少期から強く看護師になりたいと思っていた。
一時期は、痛みのために看護師になれるのだろうかと不安に思うこともあったが、痛みのためにやりたいことができないというのは嫌で、決めたことは貫こうと思って努力していた。
看護学生の時は、湿布を貼っている自分を心配してくれる周囲に対してごまかすような発言をしてしまったり、本当のことを言えなかったりする心苦しさをずっと感じていた。
また友人同士でスキンシップを行うちょっとした仕草で痛みが誘発されることがあり、親しい関係性が嬉しい反面、痛みのある生活を辛く感じることもあった。
親しくしていた3人には痛みのことを話せていたので、それは有り難かったと思う。
授業では、痛みが強いときは事前に温罨法(おんあんぽう=温めて痛みを緩和する方法)などで対処をして、演習や実習に臨んでいた。また締め切りのある課題は、なるべく元気なうちに余裕を持って取り組むといったことに気をつけた。
学校から特別な配慮は受けていないが、痛みがあることを事前に伝えることで体調面を気遣ってもらう安心感があり、対処法を教員から教えてもらえるようなことも有り難かった。
さらに、教員から「痛みがあることは看護師になる上で強みになる」と声をかけてもらったことは、その後も大きな励みになっていた。
大学以前から痛みがあることについてリウマチ科で診察を受けていたが、様々な検査をした結果、大学2年生の時に線維筋痛症であると診断された。
原因は分からず治療も対症療法だが、診断されたことで、特にめずらしい病気というわけではないことが分かり、また痛みを説明できるものがやっと分かったという安心感もあって、自分としては、診断されたことをポジティブに受け止められた。
就職活動では病気を隠したくないと思って履歴書に書き、面接でも聞かれたが、病気と付き合いながら工夫して生活してきたことをしっかり伝えていた。
結局実習先の大学病院に就職が決まり、配属は希望をしていた精神科病棟になった。
病棟師長には入職直後の面接で病気のことを伝え、師長からの提案で、夜勤の回数を増やすペースを同期よりも緩やかにしてもらい、現在は同期と同じ回数の夜勤を行っている。
夜勤の調整は師長からの提案だったが、自分自身が先々長く続けられるようにという配慮をしてくれたことは、とても感謝している。
職場ではちょっとしたことで痛みを感じるようなこともあるが、痛みが患者さんへの看護にマイナスに影響することは避けたいと思っている。痛みは感じながらも自分でできることはあるので、看護職のプロとして仕事を全うしたい。
また患者さんの痛みやつらさは一人一人異なるが、自分に慢性的な痛みがあることによって、病いと共に生活する大変さやつらさについては少し分かるのではないかと思う。
自分はこれまでとても人に恵まれてきていて、看護学生の時に実習で一緒に過ごした友人や、職場での先輩後輩、心配しながらもこれまでずっと応援してくれている母親にはとても感謝しており、周囲の人の存在が自分にとって大きな支えになってきたと思う。
多様性が促進されるためには、物理的な環境よりも心のバリアを解消することが重要で、一人一人が、人と違っていても一つの個性として認められるような社会になるといいと思う。
これから看護師になりたいと思う人は、障害や病気があっても諦めず、自分のことを分かってくれる人は必ずいるので、それを信じて頑張って欲しい。
インタビュー12体験談一覧
- 疾患自体があまり知られていないと、伝えたときに相手にはそれをどのように捉えられるのか分からずに不安だった(音声のみ)
- 疾患があっても私であることは変わりがないのに、疾患を伝えると他の子と違う扱いをされるのではないかと思った(音声のみ)
- 絵本に出ていた動物の看護師や、母親が看護師志望だった思いに影響されて、自分も幼少期ごろから看護師を目指した(音声のみ)
- 入職後の面談で直属の師長には伝えて、それより上の人には師長から伝えてもらった。一緒に働く同期には自分で伝えた(音声のみ)
- 同期よりも夜勤が増えるタイミングが遅かったり、回数も最初は少なかった。疎外感を感じない配慮がありがたかった(音声のみ)
- 自分は2日連続で休みを取れるシフトの組み方をされていたように思う。ただ休み希望は誰でも通りやすい職場だった(音声のみ)
- 特に学校側から配慮は得ていなかったが、毎朝体調について声をかけてもらうことは心強く、気持ちの面で支えになった(音声のみ)