
インタビュー時年齢30歳(2022年4月)
障害の内容:高次脳機能障害、目の障害(下斜筋の麻痺、複視と斜位)
診断された年齢:18歳
男性。18歳に交通事故に遭い、高次脳機能障害と診断された。
大学を休学して1年後に復学したが、物が覚えられず、座学や演習には時間がかかった。
また、相手の感情を察することができないためコミュニケーションが難しく、3年次の実習で単位を落として1年間休学。再実習を経て卒業し、看護師免許を取得。
回復期病院で1年間の勤務を経て大学院に進学した。
語りの内容
何か工夫とか、人よりたくさん努力したっていうことは話したんですけど、それとは別になることで、私は事故の後から毎日、日記を書いています。
っていうのが、たぶん。それは誰かに言われたわけではなく、自分でやろうと思ったことであるんだけど、振り返りっていうのはかなり重要というか、良い結果につながったんじゃないのかなって思う一つのやったことというか、工夫ですかね。
(事故後から)大 学で自分の考えたことをまとめて話すのができなかったって言ってたと思うんですけど、それに対する対策として日記を書き始めたと思うんですね。その日記も長々と何十行、何ページとかいうものではなく、もう3行、4行ぐらいの欄に書き始めたんですね。
それを今でもずっとやってるんですけど。それで考えてることがまとまったり。言葉には出ないですけど、ペンでは書けていますよね。
っていうわけでやり始めたんだったんじゃないのかなって思うんですけど。昔のことはあんまりもう覚えていないので。たぶんそうなんじゃないのかなって思います。
やっていて良かったなっていうのは、実際に言葉にできるわけではないし、しゃべれるわけではないし、まとまってるわけではないんだけど、ただ自分の内省的なというか、自分はこんなことを考えて。
…まあ愚痴のようなこともあり。今となっては、そういう記録っていうのを残しておいて良かったなとは思いますね。
今こうやってしゃべったり、何かそういったものをやっているっていうのはその日記が役に立ったっていう。あ、すいません。ちょっと話がずれてしまいました。
日記が役に立ったっていうのは、自分の思いとか考えっていうのを人にしゃべったりして発散することはできないけど、取りあえず書いて発散するっていうことが、発散するっていうことで役に立っていたんじゃないのかなって思います。
ただストレス発散みたいな感じだと思います。
インタビュー11体験談一覧
- もともと協調性もあり、人と関わる仕事がしたいと看護師を選んだ。特別看護にこだわりがあるわけではなかった(テキストのみ)
- 採用担当者には障害を伝えていたが、我慢するかどうかは自分が決めることなので一緒に働く同僚には伝えなかった(テキストのみ)
- 入職前の実技研修でパニックになり、その時に障害のことを伝えたら予告解雇を言い渡されて違う職場を探した(テキストのみ)
- 自分の考えをまとめて話すのが苦手だったが、3,4行の日記をつけ始め読み返すことで気づくことがあり役だった(テキストのみ)
- 教員に免許が取れても看護師は難しいだろうと言われ、行政保健師の就職活動をたくさん受けたが面接で苦戦した(テキストのみ)
- 全体を統括する看護部長に伝えて、直属の師長には言わなかったが、誰にどこまで伝わっているかは問題だと思う(テキストのみ)
- ある領域の実習では比較的症状が軽い人や意思疎通のとりやすい人の担当にしてもらい、それは配慮だったように思う(テキストのみ)