※写真をクリックすると、動画の再生が始まります。
インタビュー時年齢71歳(2021年12月)
障害の内容:てんかん・うつ病
障害をもった年齢と職場:38歳、総合病院の病棟の看護師長
現在の職場:中規模精神科病院の看護部長
関東地方在住の女性。子育てと病棟師長の仕事に追われていた38歳で初めててんかん発作が起き、服薬をしながら看護師の仕事を続けた。
50代で看護部長をしていた時に多忙を極め、気づいたらうつ病になっていた。
1年間の休職をきっかけに自分の生き方を大きく変えようと思い、大学院に進学し、てんかん協会の世話人になり、てんかんの講談を始めた。
大学教員を務めた後、今は精神科病院で看護部長をしている。
語りの内容
性格的にやるんならちゃんとやりたいんですよね。形だけっていうのは嫌いだから、やるんならちゃんとやる、やらないんならやらないでおくっていうほうがいいと思ってたんで、結局やることになると、その仕事自体は楽しかったし、ほんとに看護助手の人たちが病院機能評価はお祭りだったっていうふうに言って、ワークショップを、セミナーでやるぐらい楽しくみんなでやったんですよ。だからやったこと自体に何の悔いもないんだけれども夢中になって仕事してるから、やっぱりその頃、皮膚感覚がなくなってきて、それから病院機能評価の前の2~3カ月は寝れないし、そうですね、とにかくこのままで行くと、自分の体はよくないなあと思ったんで、病院機能評価が終わった後、全国セミナーを病院の中でやって、そのセミナーが終わった、土日が終わった(翌週の)月曜日に院長に「(看護)部長職、下ろしてください」って頼むんですね。このままで行くとうつ病になっちゃうと思ったので、「このまま自分がうつ病になっちゃうとみんなに迷惑かけるから、パートで働きますから、部長職だけ下ろしてください」って言ったんだけど、パートでは働かしてはもらえなかったので、一応1年間だけ顧問っていう形になって、部長職を下りたんです。
てんかんの発作もそのときもあったから、しょうがなくって、また薬を変えてもらわなくちゃなんなかったし、知り合いが精神科で働いてて、その病院でずーっとてんかんの薬をもらってたんでね問題がなければだいじょぶだったんですけど、やっぱり問題があるので、ここじゃなくてちゃんと別なところに、てんかんの専門医のところに行きなさいって言われて、当然ですけれどもね。それで、専門医のところに行きました。てんかんの薬を変えるために行ったんだけども、私はまずはうつ病ではないと思ってたんですね。抗てんかん薬を変えてもらうためにだけ行ったんですけれども、いろんなこと話してたら「もう立派なうつ病ですよ」って。「もう、すぐ休んだほうがいいですから」って言われて、でもそれ2月だったので、4月の新人が来て、新しい体制が取るまではちょっと休み休みにしようと思って、検査をしながら2カ月間ダラダラと暮らしたんですけどね。
てんかんの人の3割ぐらいはうつ病になるって言われてるんだけれども、それはいろんな理由があって、薬のこともあるかもしれないけど、やっぱりむきになって働くというか、むきになってこだわる人がいるからそうなっちゃうってのもあるんでしょうしね。私自体はそう思ってたから、早めに辞めようと思ったんですね。なんだけども、あんなに早めに辞めたのに、もううつ病だったのって感じで、でもちょっと休んだら、部長職は下りるけど、休んだらすぐまた働こうと思ってたんですね。でもそしたら、そこの病院(勤務していた病院)の副院長が、リワークをやってる、就労支援なんかをよくやってる先生だったんですね。そしたら、私にすごくいい言葉を言ってくれたんですよね。「仕事ですから。仕事ですから休んでください」って言われたんですね。仕事で休めって言われたんです。私この言い方はすごくいいなあって思って、それからも、うつ病で休む人、いろんな人たちが休むときにですね「仕事で休んでください」っていうふうに言いましたね。言ってるんです。今回もまたうちの病院の人で、休ませなくちゃいけない人がいたときにね、やっぱりちょろちょろ出てくるんだけど、やっぱりはっきりと言いましたよね。「私がうつ病のときに、医者に言われたときに『仕事で休みなさい』って言ったので、ほんとにほっとしたんだけど、あなたも言います」って。「仕事でお休みなさい。仕事だと思ってしっかり休むんですよ。しっかり仕事してくださいってことはしっかり休むんですよ」って。「いい加減な休み方はしないでくださいね」っていって言うんですけどね。でもそれすごくいいなあと思いましたね。