※写真をクリックすると、動画の再生が始まります。

インタビュー時年齢62歳(2022年1月)
障害の内容:両下肢不自由による歩行障害
障害をもった年齢と職場:29歳、総合病院・外来看護師
現在の職場:糖尿病外来看護師

東北地方在住の女性。総合病院の外来看護師として働いていた時に出産後、乳腺炎になり、その後胸腰椎に膿が溜まる脊髄膿瘍と診断されて、手術を受けたが腰から下に麻痺が残った。
約1年半後に車椅子で職場復帰し、放射線科のRI(ラジオアイソトープ)センターなどで勤務を続けたが、52歳の時に大腸がんも経験した。
復職後、看護外来で勤務し、現在は総合病院の糖尿病外来で働いている。

語りの内容

とても大事なのは、やはり私が復帰するに当たって、周りというか、掛け合ってくださった先生であったり、(配属先の)上司がスタッフにきちんとした申し送りをしてくれたっていうのを感じました。
(復帰後は、放射線の)技師と一緒に仕事をしたんですけども、手助けしてくれるんですよ。私ができない部分をすぐカバーしてくれるっていうか。やはり周りの方の協力なくしてはできなかったっていうのをすごく。
やはり(周囲は、私が)落胆したのも分かるし、今、はつらつとやってるなっていうのも分かってくれた状況だったので。
(車いすで患者の近くに行けないことなど)患者さんに手が届かなくて「あっ、ごめんね」ってすぐ行けなくても、技師さんたちがばっと走っていってくれるとか。
そういうチームワークはできてました。なので、きちんとした申し送りをしてくれたんだなっていうのを感じました。

ーーそれはご自身の上司の方から、周りのスタッフへの申し送りだったんですか。

そうですね。私の部署は放射線科っていう外来がまとめで、その中のCT室だったりRI室だったりあるんですよ。
婦長、今は師長ですけども、その頃は、婦長さんが1人、あとスタッフの看護師が3人ぐらい。そして私がRIに固定となって、技師さんと一緒に仕事をする(体制でした。)
そういう形のところでいたので、やはり婦長さんがいろんな意味で、ここはできるけど、ここはできないっていうのをきちんと言葉に表すんです。「少しは立てるから、ここはやれるよね」、「これをやってごらん」っていう感じで。
私は、「ええ? そういうのはやれないのに」って心で思っても、この師長さんのその言葉が立たせてくれるっていうか、自分の気持ちを。
そういう師長さんだったので、きちんと私と技師さんがやるべきところ、私がやらなきゃならないところ、やれないところはカバーっていうのを、きちんと言葉で私に指示してくださったので、そこはすごくやりやすかったです。

私は: です。

(アンケート結果の扱いについては個人情報の取り扱いについてをご覧ください。)

認定 NPO 法人「健康と病いの語りディペックス・ジャパン」では、一緒に活動をしてくださる方
寄付という形で活動をご支援くださる方を常時大募集しています。

ご支援
ご協力ください

モジュール一覧