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インタビュー時年齢23歳(2022年6月)
障害の内容:内部障害(線維筋痛症)
障害をもった年齢と状況:19歳、大学2年生
現在の職場:大学病院、精神科閉鎖病棟の看護師
女性。幼稚園の頃から身体に痛みがあることを自覚していたが原因が分からないままで、徐々に痛みは強くなっていったが、自分で対処をしながら生活していた。
その後、膠原病の医師に診てもらうようになり、看護学生の2年の時に線維筋痛症であると診断された。
看護の演習・実習は、特に大学からの配慮はなかったが自分で工夫をしながら終えて、2年前から大学病院の精神科で働いている。
語りの内容
実際働く中で、その疾患を言ったことで特別な対応みたいなのは、ちょっとありまして。ていうのも、ほかの同期よりも夜勤に入る回数が増えるタイミングは少し遅かったりとか、あまりこう、体にいきなり負荷がかからないように、徐々に徐々に慣れていけるような環境っていうのを、シフト調整を師長さんがしてくださったりだとか。
本当にこんなに恵まれすぎっていいのかって自分自身笑ってしまうくらいなんですけれども、師長さん、主任さん関わらず、ほかの先輩も、事情を知らない先輩でも心配をしてくださって。
特段自分から何かそういうのをお願いしたわけではなくて、師長さんが配慮をしてくださって、今の看護師1年目の今だけでなくて今後も長く看護師として働くために、今負荷をかけ過ぎるのではなくて、徐々にこう慣れていって。
最終的に一人前を目指していけるほうが今後のあなたにとっていいと思うから、今ほかの1年生よりも少しこう負荷を調整しながらではあるかもしれないけれども、そういうふうにさせてもらってるよっていう話は、師長さんからしていただきました。
私自身、師長さんに感謝をしている部分が、まず素直に師長さんが考えてくださってることをお話してくださったっていうところと、すごく大きく制限をし過ぎるのではなくて、例えばですけど、夜勤を自立するまでの回数でしたりとか。
そういったところはほかの同期と変わらないんですけれども、自立をしてからの例えば1カ月に入る夜勤の回数が、ほかの同期が5回に対して私は3回とかそういう形で、私だけほかの1年生よりも遅く自立をしたとかっていうわけではなくて。
達成するべきところは同じような速度で達成しつつ、それをずっとこう続けていくのではなくて、続けられる範囲で、徐々に3回から3~4カ月後に今度4回に増えてみたりとかっていうような形で、ゆっくりゆっくりこう増やしてくださってたので。
特段そのほかの同期との疎外感みたいなのを感じることはなかったです。やっぱりそれを思えたのは、師長さんが、私の今だけじゃなくて今後のことを考えてくださったっていうのがしっかり分かったっていうのが、一番大きかったのかなって思います。
インタビュー12体験談一覧
- 疾患自体があまり知られていないと、伝えたときに相手にはそれをどのように捉えられるのか分からずに不安だった(音声のみ)
- 疾患があっても私であることは変わりがないのに、疾患を伝えると他の子と違う扱いをされるのではないかと思った(音声のみ)
- 絵本に出ていた動物の看護師や、母親が看護師志望だった思いに影響されて、自分も幼少期ごろから看護師を目指した(音声のみ)
- 入職後の面談で直属の師長には伝えて、それより上の人には師長から伝えてもらった。一緒に働く同期には自分で伝えた(音声のみ)
- 同期よりも夜勤が増えるタイミングが遅かったり、回数も最初は少なかった。疎外感を感じない配慮がありがたかった(音声のみ)
- 自分は2日連続で休みを取れるシフトの組み方をされていたように思う。ただ休み希望は誰でも通りやすい職場だった(音声のみ)
- 特に学校側から配慮は得ていなかったが、毎朝体調について声をかけてもらうことは心強く、気持ちの面で支えになった(音声のみ)