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インタビュー時年齢:21歳(2019年3月)
障害の内容:発達障害(LD:学習障害、ディスレクシア(書字障害)、ADHD:注意欠陥多動性障害)
学校と専攻:大学・医療工学(2016年度入学)
関西地方在住の男性。保育園の時にLD、小学校でディスレクシア、中学校でADHDと診断された。もともと「ものづくり」が好きだったが、大学入試に向けた資格取得をきっかけに、福祉に関心を持つようになった。現在は、大学に在籍しながら、当事者の視点であらゆる社会課題解決を目指し、様々なプロジェクトを行う個人事業主をしている。母親と弟の2人の4人暮らし。
語りの内容
まあ、元々ものづくりがすごい好きやったんで、何か「福祉×ものづくり」っていうようなかたちで、何か福祉機器とかそういうのを、何かそういうサポートをするデバイスを作りたいなと思って、で、それで、あの、進路を変えずに今の大学に、あの、入ったんですけど、工学を学べるっていうので。ほんで、じゃあ、実際何か、そういう人らをサポートしている人とか、えーと、そういうの、という当事者とかは何を求めているんやろうっていうふうに思って、そういう仕事を探し始めたんですよ。
まず、あの同行援護従事者の資格を取ったんで、まあ、せっかくやったらこの、この資格を活かして、仕事をしようと思ったんですけど。ただ、僕の地域にですね、それを何か取り扱っている、あのバイトが全然なくて。で、まず、じゃあ、取りあえず視覚障害のほうは、いったん置いておいて、まあ、他の障害の何か、取りあえず何かないかなっていうのを調べて、ほんで、最初は放課後デイサービスを見つけて、あの、小学校1年生から高校3年生までの障害が、持つ子が、通っているデイサービスに働き始めて。
ほんで、取りあえずそこから、さらに、資格を取らしてもらって、知的障害のある方の、外出支援をやったり、全身性障害の方の訪問支援とか、外出支援を、やっていくんですけど、そこから何か、何ていうんですかね、こう自分がイメージしてた福祉の世界と何かちょっと違うなって思ったんですよ。
何か、その自分が何か福祉の、自分が感じてた福祉の世界と違うなって思ったときに、こうすごいネットで調べ、いろいろ調べてたら、東京にある団体を見つけて。えーと、そこは「医療福祉エンターテインメント」っていうのを掲げて、まあ、クラブイベントとか、えーと、何か、いろんなイベントをやってたり、あと、何かテクノロジーをすごい活用して、子供のリハビリ、あのシステムを作ってたりとか、そういうのを見て何か、こう、自分が最初に思ってた福祉ってこういう何か、たの、すごい楽しいイメージが福祉やっていうのを感じて、あ、いつか何かこういうふうな団体をつくって自分も活動したいなっていうふうに思うようになって、ほんで、そこからこう、あの、いろいろ調べつつ、そうヘルパーの仕事をしてて。
ほんで、まあ、そこからこう、いろいろ活動をやっていきながら、バリアフリー展っていう、こう関西最大級の福祉機器の展示イベントがあって、それに初めて行ったときに、えーと、NPO法人と株式会社両方の法人格を持っている、あの大阪の団体があるんですけど。そこ発達障害関連、発達障害を中心に、まあ、いろんな、あの障害を持つ子供のサポートをしている団体なんですけど、あ、やっぱりこういう活動をもっとしたいなっていうのをさらに何か思うようになって。
で、そこから、こう大学に入って、まあ、そこから、それでようやく大学に入るんですけど、いろいろ出てて、何かしたいなって思うもなかなか行動することができずにいて。こう、まあ、いろんなこう何ていうんですかね、部活動、まあ、何か数カ月でやめちゃったんですけど、あの、こうプログラミングとか電子工作をする部活に入って。まあ、そこで福祉関連のことをやりたいって思ったんっすけど、まあ、それもなかなかうまくいかずで、すぐやめちゃって。
で、その後、あの今の研究室に1回生から入らしてもらっているんですけど、まあ、そこで、こう、まあ、ちょっとずつ、何かいろいろやるようになって、んで…、何か2回生になってからは、こう、あの。違う。ま、1回生でまた何か研究さしてもらったんですけど、2回生でこう次の研究するときに、こう発達障害を持つ子供、まあ、僕みたいに字がうまく書けない子供向けの平仮名の学習教材を作ったんですよね、あの、研究して。
ほんで、それで、さらに何かやっていって、ほんで、3回生になってからは何かこう、何ていうんですかね、こう、やっぱり何か、もっとこういう活動を精力的にやっていきたいっていうふうに思うようになって、あの…、何か、こう起業したいなっていうのを、おも、思ってて。何か、自分が働きたい会社が、その全然見つからなかったんですよ、何か自分がやりたいことにマッチしている会社が全然なくて。こう、ほんで、で、自分でつくるしかないと思って、取りあえず個人事業主になろうって思って、開業届出して、で、まあ、何か、いろいろやり始めたっていうのがきっかけですね。ちょっと話、長くなっちゃいましたけど。
インタビュー11
- AO入試では、「資格AO」のために福祉資格を取得し、「論文AO」のために論文の準備をした。ディスレクシア(書字障害)があり、論文の手書きが大変だった(音声のみ)
- 大学では白紙のA4用紙1枚にレポートを書くという試験があったが、テスト時間内では手書きでその分量の文章は書けないので、パソコンを使わせてもらっていた(音声のみ)
- 専門科目の試験については、同じように自分が困っていることを伝えても、先生によってサポートを受け入れてくれる人もいれば、そうでない人もいた(音声のみ)
- 同行援護従事者の資格を取った時、せっかくならそれを活かそうと思い、そこから福祉系のアルバイトを始め、徐々にもっと深めたいと思って個人事業を始めた(音声のみ)(次に続く)
- 自分で個人事業を立ち上げ、障害や病気を持つ人と一緒に企画する講演会や、障害のある子とない子が一緒に行うモノづくりなどの活動を行っている(音声のみ)