大腸がん検診を受けるかどうかは、大腸がんのリスクや便潜血検査の有効性をどう考えるか、といった本人の意識とは別に、大腸がん検診の存在を知る機会がどの程度あるか、大腸がん検診を受けるのが容易な環境にあるかどうか、といった外的な要因も大きく影響しています。ここでは、大腸がん検診の受けやすさにかかわる社会的な状況について見ていきます。
事業者が実施する職域がん検診
がんの集団検診は大きく職域検診と地域検診に分けることができます。今回のインタビューでも、職場の定期健康診断の一環として便潜血検査を受けている人たちと、自治体からの案内を見て受けている人たちがいました。まずは職域検診から見ていきましょう。
職場の定期健康診断は、年に1回、労働安全衛生法より事業者に義務付けられている「法定健診」と呼ばれる健康診断(健康診査ともいう)がベースになっていますが、がん検診は法定健診の検査項目に含まれていません。従ってそこに職域検診としてのがん検診を追加するような形になり、通常は決まった日にさまざまな検査を受けられるようにスケジュールを組んでいます。職域検診として実施されているがん検診の中では、大腸がん検診がもっとも普及していますので、職場の定期健康診断の一環として便潜血検査を受ける人が少なくありませんが、逆に一つひとつの検査項目について、自分ではあまり意識せずに受けてしまっている場合もあるようです。私たちのインタビューでもはじめから定期健康診断の項目に組み込まれていたら、「考えずにするってやってしまうんだろうな」と話している人がいました(「精密検査を受けない理由」のインタビュー30 をご覧下さい)。次の男性は、健康診断の項目に入っているため、大腸がん検診を受けることの負担感はほとんどないと語っていました。
中には人間ドックのような手厚い健診に会社が補助を出しているところもあります。次に紹介する女性は、当初は会社が人間ドックの費用を全額出してくれていたが、その後一部自己負担が必要になっても自分で払って受け続けていた、と話しています。また、もう一人の男性は、定年退職してからも会社からの補助を得て、人間ドックを受け続けていました。
けれども、すべての企業が職域検診を実施しているわけでありません。厚生労働省の「労働者健康状況調査」(平成24年度)によれば、職場でがん検診を実施していると回答した事業所は34.3%に過ぎず、従業員の数が少なくなるほどがん検診の実施率は下がる傾向があります。職場で実施しているがん検診を種類別にみると、大腸がん検診が68.6%と最も多くなっていますが、それでもまだ大腸がん検診を実施している職場は少数派なのです。
今回のインタビューでも、定期健康診断が実施されず、便潜血検査も受けてこなかったという小規模デザイン会社に勤務している女性は、数年前に自分が社長になったのをきっかけに健康診断を会社で実施しはじめ、その中で便潜血検査を受けるようになったと語っていました。
ほかにも職場の健康診断で便潜血検査が含まれていなかった、あるいはオプションとして便潜血検査がついていても特に勧められなかったため受けてこなかったという人たちがいました(詳しくは「便潜血検査を受けなかった理由」 をご覧ください)。
二次検診への勧奨については必ずしも企業規模に関係しているとは言えないようです。便潜血検査のあと再検査の通知を受けて大腸がんが発見された男性は、中小企業の方が周囲とのコミュニケーションがとれるため、再検査も受けやすかったと語っています。
職域がん検診を実施している健康保険組合の中には、被扶養配偶者に対してもがん検診の費用を補助しているところもあります。しかし、被扶養者のがん検診受診率は被保険者本人の受診率に比べて低いようです。被保険者の場合は、事業者や健康保険組合から直接受診を勧められることがありますが、その被扶養者となると案内が届くだけでそれほど強く勧められることがありません。ましてや検診受診のために保育サービスや家事代行(インタビュー33 などをご参照ください)までつけてくれるケースはほとんどありませんから、機会を与えられてもなかなか利用できないというのが現実でしょう。
主婦健診(被用者保険加入者に扶養されている人が保険者から補助が出て受けられる健康診断。レディースドックと言われることもあります)の機会があったという女性は、年齢が比較的若かったり健康状態に心配がないことで、受診から遠ざかっていたと語っていました。現在は、子どもが成長して生活に少し余裕ができ、きょうだいや同世代の友人ががんにかかったこともあり、がん検診を受け始めています。
自治体が実施する地域がん検診
職場健診や主婦健診にがん検診が含まれていない人や、自営業の人や学生、あるいは75歳未満の退職者などの国民健康保険の加入者は、居住する自治体が実施している地域がん検診を受診することになります。地域のがん検診は、自治体によってははがきなどで検診対象者に通知を行うところもありますが、広報紙に掲載されるだけで、それを読まないと検診が実施されていることを知らずに過ごしてしまうところもあります。また、がんの種別ごとに受けられる医療機関や受診できる期間が異なっており、職域検診のように一日ですべての検査が受けられるようにはなっていません。特に自営業の人やパートタイムで働いている人は、がん検診のために仕事を休むと、それが収入に直接影響するという問題があります。
私たちのインタビューでも、かかりつけの病院でたまたま受けた血液検査で貧血が見つかり、それがきっかけで大腸がんがわかった女性がいました。自営業を長年営んできたその女性は、市から健康診断の案内が送られてきても忙しさを理由に受けてこなかったと話しています。
大腸がん検診を受けづらい状況にある人たちに対して、国や自治体はもっと真剣に対応を取るべきであるという意見もありました。自覚症状から大腸がんがわかった女性は、職場の健康診断の必須検査項目に便潜血検査が含まれておらず、地域のがん検診を受けることもありませんでした。がん検診は有給休暇を使っても受けたほうが良いと語りつつ、それでも検診を受けるのが困難な人たちがいるのは国や自治体の責任ではないかと考えていました。別の男性は、国や自治体が検診を実施しているという事実だけをアピールするのなら、その検診はアリバイ的なのではないかと疑念を持っていました。
国民健康保険の加入者だからといって、がん検診を受けないとは限りません。定年退職して被用者保険から国民健康保険に切り替わった人でも時間的な余裕がある場合は、それまで毎年職域で受けていたがん検診を継続して自治体で受ける場合もあります。長年会社の健康診断を受けてきた男性は、第二の職場では共済、現在は国民健康保険に入っていますが、特定健診とがん検診の両方を定期的に受け続けています。同世代の人たちで受けない人もいるようですが、受ける選択をしたほうが良いと語っていました。
近年では、忙しい人のために、特定健診とがん検診をできるだけ一回で受けられるように抱き合わせで受診できるような仕組みを設けている自治体もあり、今回のインタビューでも「特定健診でがん検診を受けた」と話している人が複数いました。地域のがん検診で大腸がんが見つかった男性は、職域検診に便潜血検査は含まれており、退職後もがん検診が抱合せになっている特定健診を継続的に受けてきたといいます。ただ、便潜血検査の結果の解釈について自治体から指導はなく、本人も無視していたと語っていました。
がん検診は1950年代後半から始まりましたが、1982年から実施された老人保健法に基づく医療等以外の保健事業(「老人保健事業」とも言います)によって全国的に体制が整備されました。大腸がん検診は1992年から対象になっています。しかし、1998年に従来の国からの補助金は廃止されて、市町村が自ら企画・立案し、実施する事業としてがん検診が位置づけられると、市町村の間での格差(地域格差)が生じているという不安の声も出てきました。自治体によっては受診者の人数を制限せざるを得なくなっており、私たちのインタビューでも人数制限について言及した人たちがいました。
その他の阻害要因
こうした検診の実施主体による違いのほかに、病気や障がいを持っているため、がん検診を受けづらいという人もいます。歩行が困難になる難病にかかっている男性は、便潜血検査を受けて結果を知るまでに3回病院に行かなければならない自治体検診の仕組みでは、受診の負担が大きすぎると語っていました(「便潜血検査の実際」のインタビュー35 をご覧ください)。また、ベッカー型の筋ジストロフィーの男性も国民健康保険に加入していますが、症状が重くなると歩けなくなる仲間もいるので、在宅で健診を受けられるシステムがあっても良いと語っていました。
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