※写真をクリックすると、動画の再生が始まります。
インタビュー時:50歳(2010年4月)
関係:妻(夫を介護)
診断時:夫58歳(インタビュー本人02)、妻48歳
2008年に夫が若年性アルツハイマー型認知症と診断を受けた。夫婦・息子2人の4人暮らし。フルタイムで仕事をしている介護者は生活の中に様々な工夫を取り入れて、夫が日中、自宅で過ごせるようにしている。また、診断後、若年認知症家族会に連絡をとり、情報や精神的支援を受けてきた。夫は家族会のボランティアに参加(週1~2回)し、働く場があることを喜んでいる。
語りの内容
えーとですね、待ち合わせをすると、…「あ、分った、分った」って言うんですけど。本人が思い込んだ場所に待っているんですよ。だから、ちょっと場所が違ったりとかすることがあって、そういうことがあったり。あと、財布とか、定期入れとかいつも身につけているような物を、置き忘れてどこにいったかなってなっちゃったりとか、っていうのはありましたよね、やっぱり。でも、それ以外、うちのお父さんの場合、あの、何だろう、こう、ちょっと、どっか行ってしまったりとか、そういうことはないんですよ。だから、まだ、助かっているんですけど。もう、やっぱり、もの忘れですかね。うーん、そういう、……ぐらいですね、うーん。
最初はすごい不安で、あと、いらいらしちゃって、携帯で連絡とるんだけど、違うとこいたりとかっていうことだったりすると、怒っちゃったりもしていたんですけど。最近それを回避する術を、工夫で覚える、覚えてきたら、あの、多少ありますけど、でも、大丈夫になってきたんですよ。例えば、待ち合わせの場所に関して言うと、メモを渡す、それで、それを見て、それを絶対見て、そこに来てっていうふうにして、もう、紙を渡してしまってそれを見てきてもらうとか、もの忘れは、実は、トレイを1個用意していまして、そのトレイに、外出から帰ったりしたら、財布と鍵と定期と、えーと、ほかのもろもろの入れているポケットに入れているのを置くってことにしたんですよ。そしたら、そこに、あの、もし、失くしたと思っても、見ればそこにあるわけなんで。そういうこう、工夫を1個1個していくと、あの、収まってくるものって結構あって。だから、何か知恵を使うっていうのも重要だなと思って。で、いかに、本人をパニクらせないかということと、わたしもイライラしないようにするには、何があったらいいだろうっていうふうに考えるようになりましたよね。…そういうの、お勧めです(笑)。
インタビュー家族03
- 何かいろいろあった気はするが、認知症とはとらえていなかった。夫はよく置き忘れをしたが、それは普通の人もやることなので気にしていなかった(音声のみ)
- 夫は会社の人から忘れっぽくおかしいので受診したほうがいいと言われ、健康保険組合から心療内科を紹介してもらった(音声のみ)
- 市立病院で聞いた診断が受け止められず、専門外来に行った。診断に違いがあり、設備やメンタル面のサポートにも、病院間で差があるため、2カ所を使い分けて通院している(音声のみ)
- 合わない人もいるらしいが、特に副作用はなかった。やめたら悪くなるのではないかと思って怖かった(音声のみ)
- 夫が待ち合わせ場所を間違えたり、財布や定期入れを置き忘れたりするのに、初めはイライラしたが、今はメモを渡したり物を置くトレイを用意したりして対処している(音声のみ)
- 夫は退職後も擬似通勤を続けることで、規則正しい生活を維持できている。通勤途上で出会う人たちや車窓から見える山の姿も活力を与えているようだ (音声のみ)
- テレビで知った家族会の会長さんに夫と一緒に会いに行ったところ、会話も成立するので日々の生活を楽しむことを考えては?と言われ、すごく気持ちが落ち着いた(音声のみ)
- 家族会に夫婦で参加している人たちは健常な夫婦よりいい夫婦に見え、自分たちもそうなりたいと思った。家族としてどう生きていくかということを先輩から学べる(音声のみ)
- 夫の病気のことは、職場でもわかってもらっているし、友人や親戚にも、言って大丈夫な人には話している。変に隠さない方がサポートしてもらえるし、気が楽である(音声のみ)
- 最初の診断を受けたのが59歳だった。配置転換で作業的な仕事になったが、新しい職場では、みんなが助けてくれて定年まで全うすることができた(音声のみ)
- 家族会で働いて帰ってくるときは、携帯電話の声が明るく張りがある。できる能力を活かした就労の場があれば、進行を1日でも遅らすことが出来るのではないかと思う(音声のみ)
- 夫が若年性認知症と聞き、まさかと思った。食事もとれず、うつっぽくなった。3カ月くらい辛い時期が続き、1年くらいかかったが、いろんな出会いがあり、落ち着いた(音声のみ)